ReuterJapanNews’s Dialy

バンコク駐在記者。ヤンゴンからチン州ミンダットに転戦。国際NGOと連携して国軍の攻撃から逃れる難民を救おうと頑張っています。

生物兵器報道の裏側 ウィルス戦争2

海外メディアの「生物兵器」報道の裏側

生物兵器 メディア 中国 アメリカ

タブロイド紙デイリー・メールの当該記事。

Screenshot of Daily Mail

ではなぜ今回「新型コロナウイルス生物兵器だ」との説がネット上に飛び交っているのか。

この"疑惑"を早い段階で発信したメディアは、英タブロイド紙デイリー・メールだ。

タイトルがものすごく長いのだが、「中国は武漢SARSやエボラの研究施設を建設。アメリカのバイオセーフティ専門家は2017年、同施設からのウイルス流出の可能性を警告。新型コロナの感染拡大との戦いのカギはそれだ」という記事(1月23日付)。

デイリー・メールはいわゆる「飛ばし(=根拠の薄弱な記事)」が多いことで知られる。しかし筆者が読んだところでは、この記事は「飛ばし」が比較的少ない健康面の担当記者が書いており、よく調べられている。 

同記事は、 新型コロナウイルスの発生源とされる武漢の生鮮市場から約30キロの位置にある「武漢病毒研究所」が、危険な病原体研究を行う施設であり、今回はそこから流出したのではないかという疑惑を紹介している。

生物兵器 メディア 中国 アメリカ

権威ある科学誌ネイチャーが掲載した中国の病原体研究施設に関する記事。

Screenshot of Nature

そこで引用されているのが、世界的に権威ある科学誌ネイチャーが2017年2月に掲載した「世界で最も危険な病原体を研究する態勢を整えている中国の研究施設の内幕」という記事だ。

デイリー・メールは、信頼性の高い専門誌でも紹介された施設が武漢に存在することを指摘し、「現時点では、この施設が今回の感染拡大と関係があると疑う理由はない」という専門家の意見を紹介した上で、同施設で行われた動物実験が流出に関係している可能性を否定することはできないとの見方を提示したにすぎない。

あくまで可能性のひとつとして示しているだけで、扇動的な内容とまでは到底言えない。

生物兵器 メディア 中国 アメリカ

タブロイド紙デイリー・スターの当該記事。

Screenshot of Daily Star

また、同じく英タブロイド紙デイリー・スターも似たような記事を同日掲載している。「コロナウイルスは世界で最も致命的な疾患のための秘密研究施設で始まったとの指摘」との記事だが、同紙はその後、その疑惑には根拠はなかったとして立場を修正。「まだ論争はあるが、動物市場が発生源だとされている」との訂正文を掲載している。

その後さらに直接的な疑惑を提示したのが、米紙ワシントン・タイムズだ。「ウイルスが発生した武漢に、中国の生物兵器計画とリンクする2つの研究施設」という記事(1月24日付)がそれだ。

同紙は統一教会(世界平和統一家庭連合)が発行する政治的右派のローカル紙。しかし、記事を執筆したビル・ガーツ記者は、右派つながりでアメリカの情報機関に太い人脈を持ち、安全保障分野の内幕ストーリーでは実績のあるベテラン記者だ。

生物兵器 メディア 中国 アメリカ

米紙ワシントン・タイムズの当該記事。

Screenshot of Washington Times

ガーツ記者は1月24日の記事を皮切りに関連情報を次々と執筆している。彼がそれらの記事で主張しているのは、武漢には2つの研究施設(うち1つは前述した「武漢病毒研究所」で、もう1つは「武漢生物製品研究所」)があり、いずれも中国軍の生物兵器研究に関与している疑いがあるということ。

だから、今回の新型コロナウイルスがそうした生物兵器研究計画のなかで生み出された可能性は否定できないというわけだ。

ただし、ガーツ記者の記事にはいずれも「断定できない」と明記してあり、記事タイトルや筆致ではかなり疑惑を強調してはいるものの、デイリー・メールと同じようにあくまで可能性のひとつとしている。

なお、同記事で疑惑を証言しているのは、イスラエル生物兵器専門家であるダニー・ショーハム氏

ショーハム氏の証言は「中国がSARSコロナウイルスなどを生物兵器として研究開発している」ことを独自の見解として述べた上で、武漢にある2つの研究施設が「生物兵器開発に関与しているとみられる」「SARSの研究をしている」ことを根拠に、「生物兵器として開発された新型ウイルスの可能性がある」と指摘する内容だ。

しかし、ショーハム氏もやはり可能性のひとつとしているだけで、疑惑を断定はしていない。

なお、ショーハム氏は自身が主張する中国の生物兵器研究開発疑惑について、根拠の希薄さを検証した米紙ワシントン・ポストの取材を拒否している。

生物兵器 メディア 中国 アメリカ

米誌フォーリン・ポリシーの当該記事

Screenshot of Foreign Policy

さらに、米誌フォーリン・ポリシーは、1月29日付の記事「武漢のウイルスは研究施設でつくられた生物兵器ではない~陰謀論コロナウイルスよりも速く拡散する」で、中国の生物兵器研究開発疑惑を完全否定している。

上の記事では、2017年にロシア政府の宣伝報道機関であるラジオ・スプートニクで、ショーハム氏が「IS(イスラム国)が、西側諸国に潜むスリーパーセル(潜伏工作員)に化学兵器の技術を移転した可能性がある」とのトンデモ説を示唆した前歴が指摘されている。

もっとも、ガーツ記者が書いたワシントン・タイムズの記事でも、ショーハム氏はあくまで可能性のひとつとして指摘したとされており、具体的な根拠となる情報があるわけではないことが明記されている。疑惑を断定していない。




証拠はなかった!


要するに、訂正文という形で立場を翻したデイリー・スターでなくとも、デイリー・メールもワシントン・タイムズも、デマどころか、もともとそれほど断定的な内容でもなかったわけだ。

ところが、これらの記事を根拠に数多(あまた)の陰謀論サイトが「やはり中国軍の生物兵器だった」と扇動的に拡散した。陰謀論の拡散ケースとしてはよくあるパターンだ。

新型コロナウイルス生物兵器説は、典型的なフェイク情報拡散の仕組みで誕生した、根拠なき陰謀論である。何か裏づけとなる決定的な情報がスクープされるような状況はくるのか?