上海 人種のインスペクター
Bangkokの今.
ここで書いている物語
日本列島渡来前の日本人を探し当てた探検2000年前の日本人の足跡を発見❣️
この不思議な探検に出かけたのは、わたし一人ではなかった。
100年前の日本にいた人類学者。
鳥居龍蔵(1870~1953)
明治から昭和にかけて活躍した人類学・考古学・民族学の研究者。
上海
日本東京ー横浜
1902年8月6日、上海から船で、江陰、鎮江、蕪湖、安慶、九江を経由し漢口へ行き、さらに長江を上り、岳州(現在の岳陽)、常徳、辰州(沅陵)を通り、鳥居は10月5日貴州に到着した。
貴州の鎮遠府、貴陽府、安順府に1カ月半滞在し、黔(貴州)東南部の苗族社会の調査を行っている。
その後施平、関嶺、坡貢、八番、郎岱、安南(現在の晴隆)、晋安、沾益、馬龍などを経由し、11月23日に雲南府(現在の昆明)に到着。
11月26日、鳥居は雲南省東部、呈貢、路何、弥勒、江川、通海などに点在する玀玀族(ロロ族、彝〔イ〕族)の調査を行い、12月30日、四川大涼山地の彝族の集落に入る。
再び寧遠府(現在の西昌)、越嶲(現在の越西)、雅州(現在の雅安)、新津などを経由し、1903年1月23日に成都へ到着。
1月31日には岷江へ向かい、眉州(現在の峨眉)、叙州(現在の宜賓)を経由し東へと進み、川(四川)東の都市重慶に到着した。
2月12日には重慶を出発し、三峡、宜昌、荊州、漢口を経由し東へ向かい、上海へと戻ってきた。そして、3月13日に横浜に向かう船に乗り帰国している。
鳥居龍蔵の行程
このときの調査期間は7カ月と13日間に及んだ❗️
その行程は日本において20世紀40年代以前では唯一となる中国西南辺境地域に住む少数民族の調査報告書をまとめた。
中国の南方民族と北アジア遊牧民族が接するこの地帯は東アジア大陸における南北の懸け橋となっており、東アジアの歴史を作り上げていると言っても過言ではない。
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全文はこちら、2000年に一度の物語とは?
人種のインスペクターは「北タイ探検記の
北タイ探検記1
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