ReuterJapanNews’s Dialy

バンコク駐在記者。ヤンゴンからチン州ミンダットに転戦。国際NGOと連携して国軍の攻撃から逃れる難民を救おうと頑張っています。

ラオス語会話🇱🇦 ビエンチャン夕暮れのボイペーニャン 北タイ探検記39

ラオス(ラーオ語)会話🇱🇦

ビエンチャンの夕暮れボイペーニャン

北タイ探検記39

雲南省はタイ人と日本人の国だった証拠



探検の基礎は他言語話

言語学で追跡した探検記



ヴィエンチャンの北


ラオス語はラーオ語・ラオ語とも言われるラオス公用語



ラオス語とタイ語の単語は50%が同じと言われており、特にタイの東北部イサーン地方の言葉と酷似しているため、イサーン方言と言われることもあります。だが、そうではなかった!



・愛してる コイ ハック チャオ ຂ້ອຍຮັກເຈົ້າ

コイ(ຂ້ອຍ)が「私」

ハック(ຮັກ)が「愛する」

チャオ(ເຈົ້າ)が「あなた」

を意味します。

I love youと同じです


・キレイ ガーム ງາມ 

美しい女性にはガーム(ງາມ)を使いましょう。


・かわいい ナーハック ຫນ້າຮັກ

ナーハック(ຫນ້າຮັກ)は、子どもや動物などにも使えます。タイ語ではナーラックです。


・恋人はいますか? ミー フェーン レオボー ມີແຟນແລ້ວບໍ


ミー(ມີ)が「ある・いる」を意味し、

フェーン(ແຟນ)が「恋人」、

レオボー(ແລ້ວບໍ)は「既に○○ですか?」という意味です。


恋人がいるときは「ミー(ມີ)」、

いないときは「ボミー(ບໍ່ມີ)」

と言います。



ここまで来ると、タイ語初心者の方でもおわかりと思いますが、タイ語に非常に似ており、構造も同じ。タイ語が話せる人は別の国とは思えない、方言とでも捉える事ができます。

そういうわたしも初心者です😂





下記のラオス🇱🇦会話をすでに書いている恋人たちのタイ語🇹🇭会話と比べて下さい。




ラオス語会話




おはよう / こんにちは

サバイディー

またね

ポップ カン マイ

はい/いいえ

チャオ /  ボー

日本人

ニープン

 



感謝・謝罪フレーズ


ありがとう

コプチャイ

本当にありがとう

コップチャイ ライライ

ごめんなさい

コートード

すいません

コートード

 




 

恋人になるフレーズ

あなたの名前は?

スーニャン?

私の名前は◎◎です

コイスー ○○

元気ですか?

サバーイ ディー ボー?

元気です

サバーイ ディー

(呼びかけ)お兄さん / お姉さん

アーイ  /  ウアイ

おいくつですか?

アーニュー タオダイ?

本当に?

メーン  ?

独身です

コイ ベンソート

結婚してます

コイ ダーン ガーン ラーオウ




恋人たちのラオス



何してるの?

ヘット・ニャン・ユー?

会いたい

ヤーク ポップカン チャオ ドゥー

愛してます

コイ ハック チャオ

約束

ナット

 

心情を伝えるシーン


嬉しい

ディー チャイ

恥ずかしい

アーイ

暑い

ホーン

寒い

ナーオ

危ない

アンタラーイ

もちろん

ネノーン





恋人になるシーン


面白い

ムアン

かわいい

ナーハッ

きれい

ガーム

かっこいい

チャオスー

優しい

チャイ ディー

すばらしい

スッニョー

上手い

カック

頑張れ!

パニャニャンダー 

とても

ラーイ



買い物のシーン


(これが)好きです

コイ マック 

いくらですか?

タウダイ?

高い

ペーン

安い

トゥーク

安くしてください

ルッダイデー

必要ないです

ボーアオ



 

食事のシーン


お腹へった

ヒウ カオ 

お腹いっぱい

イーム レーオ

美味しい

セープ

お水

ナーム

乾杯

セウンデウム


 

不満を言いたいシーン


使うときは、相手を怒らさないように注意してください

疲れた

ムアーイ

悲しい

ソーク サオ

うるさい

フォット

むかつく、うざい

ハーイ

トゥア

 


 

乗り物フレーズ


~に行きたい

コイ・ヤーク・パイ 

止めてください

チョート デー

ちょっとまってください

ター チャックノーイ ドゥー

助けて

スアイダエイ

 

数のフレーズ

1

ヌング

2

ソング

サーム

 


体調のフレーズ


具合が悪いです

 コイ ボーサバイ

心配いりません / 大丈夫

ボーペンニャン ゲッ、あのバービアの名前

病院に行きたい

ヤーク パイ ホーン モー ディヤオニー

痛い

チェップ

ヤーキン

 


タイとラオスは同じ民族でした😂


ですが、タイ語なら少しは聞き取れのに、ほとんど話言葉は聞き取れません😭


だいたい、これぐらいしか覚えてないのにヴィエンチャン生活は快適でした。タイ語が通じたから。




 ラオスヴィエンチャンなど都市部ではタイ語のテレビを見ることができるため、とりわけメコン流域のラオス人はタイ語を理解できる場合が多い。ヴィエンチャンではタイ語がほぼ完璧に通用します😂


しかし、ラオスタイ語を話すことは、一般的に歓迎されないという話も。


これはラオス歴史の中で、長い間ラオス漢民族とタイによって属国化されてきたこと、ラオスが山岳地帯であり農業生産がタイに比べて悪く、貧困を招き結果的小タイ族バンコク付近に住んだタイ・ラーオ系民族タイ語の話者)に差別されてきたことが原因であると指摘される。


しかし、同時に元々の近似性と経済・政治的関係の増大もあり、ラーオ語(ラオス変種)の中には、タイ語(タイ変種)の影響が一層強まっています。


口ではタイ語への対抗心を口にしながら、タイ語に影響された語法を用いるラオス人は少なくない。中国人はとっても嫌いだという。

なぜ?


逆にタイでもラーオ語は、「貧困で無教養な田舎者」と言うイメージが相当強く、これを話すとまともに対応してもらえないことも多いと言われます。

ちなみにわたしがイサーン語を話すとレストランでも屋台でも爆笑されます。

外人が東北弁を話してる感じでしょうね?





ラオス国内に住むラーオ語を母語とする集団は日常的に差別される可能性は低いが、特にタイ国内に住むイサーン人のラーオ語の方言(イーサーン語)を母語としている。

イーサーンの土地は農業生産性が低くその多くが貧困を抱えていたが、貧困を抱えるがために教育を受けられず(標準タイ語を話せない)。


バンコクに出稼ぎにくることが今も多い。

過去にはイサーン語を話しているだけで有形無形の差別をされるという事例もしばし見られた。


これは現在ではタイ政府の義務教育の無料化によって改善されたが、現在でもこの差別感情がぬぐい去られたとは言えない





表題写真。

 「次元を旅した男」の本に用意したデザイン。この本を発表した後、ドクターストレンジが現れてスクリーンで大活躍する様になった。原案者として素直に嬉しい😂 






中国語とタイ語に最も深く関係するのは日本人です。


実は、タイ語の文章構造はほとんど中国語と同じです。

タイ語がマイを文頭につけると否定形

後ろにマイをつけると疑問文になります。



カウジャイ マイ? わかった?

マイ カウジャイ❗️  いや、分からない!


殴りあい😂




中国語は、

プを頭につけると否定形 プシン

マを文末につけると疑問文

     



中国語🇨🇳 


メイヨー  ありえない

値段が高すぎると非難する中国語

没有?

     

タイ語🇹🇭

メダイ   だめ!

 


もともとは雲南省、その長江で接近して住んでいたので、漢字の読み書き、話せるタイ族4世紀頃に存在を確認されていますが、実際には紀元前からいました。それがイ族です。


イ族については詳しく調べたのですが、機会があれば発表します。結論を言うと実はどうでもいい、いい加減な分類でした。


娘さんたちが、片方のおっぱいを出して遠方からの来客を楽しませる「モーホ祭り」。触っても揉んでも女性は決して怒らない祭り()


イ族は一度、調べ出すと返って来れない道です。

日本人ユダヤ人説と同様に。そろそろユダヤの罠に気づくべきです。それを本にしてどうするの?



 タイ人はインドのサンスクリット語から文字を作ったため、はなはだ異なる言語に見えるが、タイ語が話せるようになると、中国語は早く理解できます😂


タイ語、中国語🇨🇳のエキスパートはこれから、必要とされます。


必要な人材は、

日本人ではタイ語🇹🇭話者が一位

   英語🇬🇧話者はあまり役立ちません

   日本語🇯🇵だけではどうしようもありません。能力を行って発揮できません。子どもです。





滇王国


 



中国🇨🇳

ラオス🇱🇦

イサーン

タイ🇹🇭


これは一括りです。



イサーンの人口はタイ王国総人口の約1/3を占める。地域の主な稲作の大部分は不安定な降水に依存する天水田で行われており、その収量は低くかつ不安定で、イサーンはタイでも最も貧困な地区とされてきました。

 言葉遣いもタイ標準語とは若干異なることから、中央のタイ人によっていまだに差別(侮蔑)の対象とされることも珍しくありません😭


日本人はこの人種のグラディエーションの中の中国雲南ー日本ーラオスータイ人、クメール(カンボジア🇰🇭)ベトナム人と一緒に住んでいたのです。




最重要点


 中国雲南省そのものの呼び名が「滇」タンでした! タイ人が付けて名前です❗️

 






最後にわたしは、

タイ語バンコクで散々バカにされながら学んでいたら、あるフレーズをきっかけにラオスの首都ビエンチャン でコミュニケーションがとれる様にー


うその様な、棚からぼた餅が落ちてきた話🤣



それは、否定文の頭接詞が

タイではマイ

ラオスではボ❣️


に代わっていただけだと分かった時です!


例えば、暗くて見えない時

ヘン



それがラオスの人々の心に入る扉のキーでした。そしてタイ語で話して意識が通じたとき🤣





そこから見えたラオ世界


 それは見た目以上に、生活が大変で、父親世代は完全時給自足で育ち、その子供が10代ー20歳になると、紙幣が出現しカネがない。欲しいものが店頭に現れても何も買えない。みんなが中国やタイ人より遥かに貧しい層で、それが一生続く事に気づいて、戸惑っています。


そこでの話はいずれ時間があれば、書きたいと思うのですが、出来そうもありません😭


上のラオス語はわたしがビェンチャンで生きてゆくのに必要なのでNote にまとめていた流用です。


そこでの生活、何を見たかはNoteに残してます。


クラブ5軒を毎晩はしごしてたら前夜、知り合ったらしい(忘れた)

女から呼び出される。

どうやらゲームをしたらしい、、


信じられないほどエンターテイメント施設の価格が安く、これをバンコクではとても出来ない大盤振る舞い。千年の宴

理由はクラブ入場料がfreeなのだなぁ🤣


そして、知り合った地元の人たち。

みんな信じられないほど小柄

男は161cm

女は150-151cm


 こころが痛みます。日本人とほぼ同じDNAなのに。彼らはそうとは知りません


この小柄は成長期に食事を一日に1回しか食べられない食生活を送っていたからです。


必要なのは乳牛の飼育とチーズ、ヨーグルト、牛乳など乳製品を行き渡らせる事です。

それらはタイや中国や日本から輸入されてビエンチャン ・センターの生鮮コーナーに並んでます。それらはラオスのほとんどの人の口には入りません。ラオスの子供にこそ必要な品です。


技術を持った日本人が必要です。

しかも、観光で15日しかビザを発行しないので、いくらラオスの若者はビエンチャン 大学日本語学科で学んでもアウトプットする機会が皆無。日本人がいないから。

大学で3年間も日本語を習ってもたいして話せません。


 普通、女性は学び始めて3カ月で意思疎通が出来る様になります。6カ月目にはベレベラ喋ってる娘がほとんどです。タイや日本では。


ラオスには学ぶ意思がある人が多いのに、機会が平等にありません。


ビエンチャン 大学に通っているのはラオスの大金持ちの姉弟ばかり。

みんな車を持っています。


彼らは政府関係者や公務員の子弟で、そのほかの一般の人々は月の収入は2万円あれば上位で普通は1万円。

さらに仕事にありつけない人々は国境を越えてタイで建設労働者や住み込みの食品工場で家族を残して働きに行くのです。


ビエンチャン にはラチャダーのナイトマーケットより、美しいマーケットがあります。

メコン川沿いで、太陽が傾いてタイに沈む頃、対岸の街の灯りが見えます。

ノンカイでしょう。


首都なのにバイクで5分も走ると何もない空き地、、。

でも、増え続ける国家債務


それは何とかしなければと考え込んでしまいます。






   ボベニャンというビアバーで


美しい娘がビールを勧めに来ます




日本人は日本に生まれただけであらゆる機会に恵まれます。


 それに気づかず不満ばかり言ってる人が、

つまり、日本にい続けると、いい人だけど、偏狭で、見えない事が多過ぎて、極端から極端に動き、慌てさせられます。



それを見るのは辛い事です






タイ語ラオス語、

中国語を学んで見えた世界

わたしは英語が第1外国語で第2がイタリア語


結局、日本語だけの人は機会に恵まれず、都合のいい、アクセスを希求しただけの情報にしか触れれません。踊らされて唐突な動き方をせざるを得ないのでしょう。無料の情報を見ていると平均点の人という事です。


ラオス人やタイ人、ミャンマー人は日本人の血筋です。漢民族に連続して

国を滅ぼされた楚王国以南、雲南以南にいた少数民族


そして、

雲南の湖底に沈んだ日本人の古代都市から発見した文字「孝節」の文字の意味を探り、我々の血筋は台湾にも飛んでいた事を発見しました。




ウクライナボランティアの哀れ

日本人は最初から出る幕がない!




ウクライナへは、東欧とヨーロッパの人が懸命に自分のことと思い支援します。


アフリカからの脱出組を助けにギリシャからイタリア南部に入ったとき、日本人の役割は限られており、日本からの支援はほとんど意味を成しませんでした。理由はそこに日本人集団が踏みとどまれないからです。

本人すら踏みとどまれないのにどうやって何をするつもりです?

食料や衣料品は積み上がって運べないのに。

ロジスティシャンとディストリビューターが必要でそれは現地語が話せるトリリンガル、ポリグロトです。


それで日本人にはアジアの言葉が必要なので

この記事は存在します。


血縁で地続きのミャンマーを責任をもって救援しなければいけない位置に日本はあります。中国は集団指導体制に見える独裁政権になった中国は信じられない、そう思うからミャンマー民衆は戦っています。








Original Text. Evan Shintani 

Royal Geographic Society in Bangkok







https://reuterjapannews.hatenablog.com/entry/2019/11/29/170101




次元を旅した男


https://reuterjapannews.hatenablog.com/entry/2020/01/11/150217