reuterjapannews’s diary

宇宙のなかに住む住人は、どうすればその形がわかるのだろう,という世紀の難問ポアンカレ予想から出発した壮大なドキュメンタリー。決して外から形を眺めることができないがそれに挑む天才数学者たちが繰り広げる死闘を執念で追います。また、記者自身にもそれに挑戦させるとんでもない企画。数学や理論物理学がこれほどまでに凄まじいものかと、、。その煌きと感動を身をもってお伝えします(><);ギリシャ問題、中国バブル崩壊、性奴隷マーケット問題などニュースの裏側を伝えます。短期勝負なのでいづれブログではなくなります。Web MO

ユカタンに浮かび上がった証明  人類絶滅境界線上のアリアより抜粋 Aria on the human extinction boundary line

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浮かび上がった証明

世界の死

その証明は、メキシコ沿岸のユカタン半島で海底油田の鉱脈を調査していた測量士の重力地図に浮かび上がったのだ。

 

 

エベレストをも凌ぐ岩塊状の小惑星は地球の成層圏内で燃え上がり、数百キロの炎の尾を引きながら、ユカタン半島北に衝突した。摩擦熱で火の玉状になり、墜落時で直径10キロメートルもあった。それが海底に170-200キロメートルのクレーターとなっていたのだ。

これが世界規模の大殺戮の引き金となり、永い間、地球に君臨していた恐竜が全滅した。

 

 

確認されたクレーターは現在のメキシコ,ユカタン半島の北西端チクシュルーブで、直径約200キロ・深さ15 - 25キロのチクシュルーブ・クレーターだ。また、隕石落下地点は当時石灰岩層からなる浅海域だった。隕石落下により高さ300メートルに達する巨大な津波北アメリカ大陸の沿岸に押し寄せた。

 

隕石衝突がおきたあとの絶滅のシナリオは「衝突の冬」とよばれる。ユカタン半島の北は白いユリにおおわれた美しい自然が広がっていた。落下した季節は6月だった。ここまでのシナリオがわかったのは、クレーターを調べ、そこから発せられたエネルギーの計算やガス、チリなどの算出に世界の研究者が同じ方向に向かったからだ。その後におよんでまだ、火山説を唱えていたが学者グループがいた。

 

衝突の標的になった地域周辺では、強い衝撃波や熱線が生じ、大量の海水が蒸発した。やや遅れて大規模な津波による直接的な被害が生じた。 しかし、その被害はごく一部の地域に限られたので、地球規模の大量絶滅には至らなかった。

しかし、とどめが少し遅れてやってきた。衝突によって巻き上げられた大量のちりやガスが成層圏に達し、全地球をおおう巨大スクリーンを形成した。 太陽の光が遮られ、世界は急激な寒冷化を迎えた。

ここで日本人にはわかり難い地理的な問題が潜む。地球はアメリカ大陸→ヨーロッパ・アフリカ大陸→アジア大陸の方向に自転している。凄まじいスピードで。メキシコのユカタンで発生した大量に発生したガスやチリはスペイン、アフリカ北部を真っ先に覆い尽くしたのだ。

 

水蒸気は冷えて雨となり、蒸発した岩石の一部の成分は濃硫酸に変化して水滴に取りこまれ、強い酸性雨となった。植物の被害は大きく、結果として動物の食料が先に絶滅した。一方、衝突とは無関係に中央海嶺などの火山活動によって、地球内部からの熱や二酸化炭素が蓄積されていった。

 その結果、光合成の停止や急激な気温変化などにより、全地球規模で生物が二次的被害にあった。「衝突の冬」の影響は直接的な被害よりもはるかに深刻だったのである。

 

一方、われわれの祖先はどうだったのだろう?  生きていた。あなたがその証明である。

明らかなことは、遺伝子研究でミトコンドリアで辿るのが正確だ。人類史の研究は哀しいかな、この15年前までは、先史時代の論文がまかり通っていた。言語学者、人類学者、考古学者、文化人類学者、民族学者らが個別に発表した論文は一貫性がなく、人類はいつアフリカをでて、中国に達したのか、インドは暑かったのか、何を信じたらいいのかわからない状況だった。

日本で言えばあの不毛な「邪馬台国論争」と同じレベルだったのだ。しかし、その当時の科学をもとに肉付けしたシナリオは驚くほど間違っていた。決して、それまでの研究がすべて無駄だったわけではない。それは誤った土台に推論を重ねた結果だった。数学者なら嫌悪するほどだ。しかし、それでも精一杯やってのことなのだ。

アフリカから脱出に成功したのは、12万年前のグループ。そして、6万5000年前のたった2つのグループだけだった。①12万年前のグループは世界へとは広がることなくアラビア半島で息絶えている。

もう一方の②6500万年前のグープがわれわれ人類すべての祖先へとつながった。

 

もう一説ある。それは①8000万年前②5500年前になっている。しかし、サンプル数が極端に少ないので最初の方が正定説になった。

 

一致しているのは、われわれの直接の母親がいた②のグループの規模はわずか150人前後の小さな集団だ。このグループリーダーたちが、われわれをアラビア半島からインド大陸へと導いたのだ。人類の移動は、こうしてみると、その土地では生きていけなくなり、間違いなく「死の脱出行」だった。

少なくても、同じ時期に150人の100倍、つまり、1万5000ー2万人はアフリカから脱出を試みたはずだ。しかし、歴史が証人として認めたのは、150人だけ。ただ、1度のチャンスをものにしたグループだった。何が生と死を分けたのかはわかっていない。

脱出ルートなのか、それとも獲得した能力なのか? もっていた狩猟文化なのか? おそらくそれら全てだろう。

 

これまで文明が発祥した地のひとつに、黄河文明という有名な説である。われわれもこれを信じていた。それでこのルーツを遺伝子から辿って明らかになったことがある。北京原人は中国人のルーツではなかった。彼らもアフリカ出身で、中国からは人類は誕生していない。

そして、この研究は驚くべき事実を発見した。中国人の血筋のなかにチンギスハーンの血筋が驚くべきパーセンテージで広がっていたことだ。

チンギスハーンのモンゴル帝国は、彼とその息子フビライハーンにより踏襲された騎馬民族による軍事国家だった。中国の古書に記されていたとうりの皇宮を構え、そこにはべっていた被占領民族のおんなたちのハーレムは異常なほどの数を抱えていたことがわかる。彼は30年間にわたり毎晩3-5人を犯し続け、さらに親戚の家臣たちも同じことを繰り返していた事実だった。ハーンの血筋は中国人民の10%以上を占めていた。

 

まるで三国志共産主義革命と華麗に彩られた戦国絵巻は、ハーン血筋のうえに築かれたような国家である。

 

 

人類絶滅境界線上のアリア  6500年前 人類がアフリカ大陸を離れた本当の理由

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