ReuterJapanNews’s Dialy

バンコク駐在記者。ヤンゴンからチン州ミンダットに転戦。国際NGOと連携して国軍の攻撃から逃れる難民を救おうと頑張っています。

素数ノ謎 解明への大航海  完成版  映像同時発表

 

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 ゲッチンゲン大学に眠るリーマンの遺稿

同ページにリーマン予想と惑星流体力学の証明!

 

 ドイツのゲッチンゲン図書館に素数リーマン予想(1859年)で知られるベルンハルト・リーマンの遺稿が眠っている。世界でもっとも難しいとされる数学の予想問題は160年たった今も解き明かされていない。「宇宙の形」の取材でドイツの都市ゲッチンゲンを訪れたとき、その存在を知った。なんと、リーマンは回転する球体の振る舞いに関する証明とリーマン予想の数式を同じページで同様な方法で解こうとしていたのである。そして、回転流動体の方は証明しているのだ。これは惑星に小惑星が接近したときにどのようなことが起こるかを説明したもので、今ではその現象をロッシュ限界と呼ばれ、小惑星の運命は、はじき飛ばされるか、粉々に砕かれるかのいずれかの道をたどるのだ。   

その遺稿は160年間解けなかったダーウィンが残した宿題「紀元前1万2000年、なぜ地球の枠組みが変わったか」(種の起源1859年)を解くカギになるのではないかと私は考えた。回転流動体とは惑星など恒星を公転しながら自転する惑星の衝突をさしている。地球が1万2000年前になぜ、自転軸をぶらせながら津波と洪水を繰り返したのか解き明かせるかも知れない。リーマンはダーウィンが同じ年に発表した「種の起源」に触発され、何を解こうとして39才の生涯を閉じたのだろう。そして、この話を探求した果てに見えてきたのは、なんと、素数は究極の暗号「宇宙の暗号」だったということだ。based on true story

 

 

 

             序

これからあなたが目撃するのは、リーマンが残した宝のありかを示した実在の地図。虚数空間に写った素数の真実。わたしは気づいた。素数の謎は、素粒子はスピンし衝突し姿を変える。そのきっかけは距離の3乗に反比例する潮汐力だった。惑星が衝突するとき、粉々に砕けるか生き残るかの臨界線(ロッシュ限界、またの名をクリティカルライン)でおこる出来事が、南部陽一郎の「対象性の破れ」だった。リーマンの回転流動体力学の証明はなぜ、素数リーマン予想と同じページに書かれたのかを探る旅の果てに、わたしの頭と体が別々のところにあるのに気づいた。

素数は生存に深く関ってる。整数同士は素数になるまで衝突を繰り返す。素数は閉殻構造をとり生き残る。さらに対象性の破れは、4乗、5乗の衝突の世界があることを予感させる。震えるほどの発見があなたを襲う。

そしてもうひとつ。それは理論物理学者ホーキングが虚数時間に見いだした宇宙の始まりの謎。あの天才数学者グレゴリー・ペレリマンがポアンカレ予想で開発した「サージェリー/手術」という数学テクニックをホーキングはそのまま使っていた。この2つが「虚数」というキーワードで結びつく。つまり、ぺレリマンはあの世紀の難問で、時間を巻き戻していたのではなく、虚数時間を遡っていたのである。

 CONTENTS  CONTENTS

       カトマンズの美しき生命 実際の航海は惨憺たる船出

       紀元前1万2000年-消えた第1文明

       惑星衝突で地軸が傾く カンブリア大爆発がすでに証明

       リーマンの遺稿に「素数と回転流動体証明」が同ページに!

       リーマンは虚数空間の向こうに素数の秘密を発見していた

       素数の地図、南北の臨界線に、もうひとつ別の世界を見出した

       黒い手帳とリーマンの呪い ベッセルは餓死した

       ギリシャ沖海底のコンピュータに素数が出現

       世紀を超える難問を世に送り出した天才数学者

       なぜ、世界に氷河と洪水が蔓延したのか 

 

 

 

 

 

 

 カトマンズの" 美しき生命"

     ~第1幕~  ドラゴンに跨る女

                         怪しい冒険記録より

 

タイのパタヤには人種の見本市のように、様々な民族の女性が働いている。中でも目を引くのは、アーリア系のエキゾチックな娘。そして、東欧、インド、ネパール、ミャンマー、アラブ。彼女たちはほとんどが片言の英語しかしゃべれない。

夜の8時、この街が華やいで行く。四角く「コ」の字型をしたテーブルが並んだ店がいくつも入居した雑居ビル。そんな店を奥へ、奥へと進んで行く。テーブルの上で踊っているダンサー、椅子の前に立って客を迎える顔、顔、顔。どの笑顔も素晴らしい!

アラビアの風、憂いを帯びた深い瞳。砂漠と海風が運んできたような娘たち。

長く美しい肢体。くびれた腰。わたしはそのなかでも飛び切り美しい女性から腕をつかまれていた。勢いあまってくるっとユーターンさせられた。

「どこから来た?」

「日本」

「いつまでいるの」

「仕事次第かな!」

「ねえ、1杯いい?」

「もちろん」

彼女はチョムランコーン大学の1年生だという。この街にやってきて1週間、系列店のバンコクで1カ月ほどアルバイトし、こちらに流れてきたそうだ。

「どう? ここは住みやすい?」

「ものは安いけど、観光地だからね」。この何気ない会話のなかに、2つの意味があった。

彼女はアンジェラ。インド系のタイ人と言っていたが、本当は相当の混血度合いである。深い瞳はペルシャ人、明るい気質はトルコ人。

 

「このあとどこに行くの?」

ハノイから鉄道で北京、モスクワをぬけて、ウクライナエストニア」とわたし。

 

彼女は驚いて、仕事はなにかとか、女はいるか、日本のどこに住んでいるかとか、あたしがいるか? カネはいくらもってきた? 機関銃のように聞いてきた。

「いない、東京だ、ジャーナリストだ。しらない! きみと10年遊んで暮らせるぐらいは、、」

 

この娘の英語はとても失礼な問いばかりで、答えていてむかっぱらが立ってきた。しかし、彼女の話す英語は小学6年生程度のもので、はしたない話し方になるのはしかたない。

中身はタイ人気質のアーリア系インド娘。彼女に連れ出し料30ドルを握らせて、完全冷房の効いたレストランをめざした。

オープンカフェのようなバービアはクーラーが効かない。そのかわり天井に扇風機が吊り下がっている。人いきれで熱がこもってじっとりと汗ばむ。そとを歩いた方が風にさらされて気持ちがいい。脱色した彼女のストレートの長い髪が金色だったり、銀色だったり、褐色だったり、様々な色に見える。背中の産毛が眩しい。

日本では決して見ることができない愁いを帯びた瞳がアンジェラの魅力だった。それに少しは知性もあった。

レストランの壁際の席にテーブルを挟んで座ったら、彼女はのすぐ隣に座りなおした。営業する気満々。太ももを押し付けて、身体で訴えるように、「あたしをずっと囲え」と言う。わたしが彼女がもつ不思議な文化のクロスロードのような生い立ちに興味をひかれた様に、彼女もわたしを不思議がっている。

1週間前まで通信社の記者だった。ビジネスマンはこんなところに休暇でしか来ないが、わたしは少し事情が違った。

コンビニでシャンパンとビールを買ってホテルへ彼女を連れ帰った。ま正面から覆いかぶさるようにベッドになだれ込んだ。

綺麗な乳首を頂点にした乳房が揺れる。さらに美しいのは腰から肢体へと流れるS字カーブに人魚の尾びれが踊っていた。彼女は20歳だというが、日本換算だと19歳なのかも知れない。

 

 

 

 

旅人はバンコクを拠点にベトナム、中国、ネパール、そして、インドへと旅立って行く。言わばアジアの中継拠点である。かつてはジャーナリストや戦場カメラマンがここを足掛かりにインドシナへの取材を行っていた。二度と帰らなかったひともいた。今はバッグパッカーや、リタイアした欧米人が多い。猥雑で物価も高くなっている。旅から帰ってきたひとは、身体を休めるためにめざすのはパタヤそして、プーケットパタヤバンコクからバスでわずか2時間(150キロ)の海辺の観光地である。

 

 

素数ノ謎 解明への大航海: 宇宙の暗号 (NGO japan cyber library)

素数ノ謎 解明への大航海: 宇宙の暗号 (NGO japan cyber library)

 

 

             

 

 

パナマ文書 習主席とアジア同胞の悲哀!

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タックスヘイブンとは一般人の目の届かないパナマやケイマン諸島など小島小国に設立した実態のない会社が、税金をまぬがれるために海外に資産を隠す手法をさす。

昨年、習主席は海外外遊でメキシコの国民を前に「腹いっぱいめしを食っている人間に、われわれの苦しみはわかるか!」とアメリカの喉元でおおみえを切った。

このひとも口先だけの人間だったのだろう。

習主席の義兄は英領バージン諸島(カリブ海)のエクセレンス・エフォート社の役員に名を連ねていた。さらにもう3社の株主でもあった。2社は休眠状態で、1社は2007年に解散していた。

経営実態のない税回避が目的の会社だから”休眠状態”というのは正常運営されていることだ。所得税がゼロになり、国へ対しての納税義務を免れることは、今の法律では違法ではないが、道義的には追及を免れない。

パナマ文書とは、中米パナマにある法律事務所モサック・フォンセカから流出した内部文書。1977-2015年にかけて、21万の法人情報が記録されていた。匿名の情報提供者が南ドイツ新聞社に「情報に興味があるか」と匿名を条件に無償で提供を申し出たひとがいた。同紙記者が1年ほどかけて追跡取材した。

そのなかに10カ国の現・旧指導者12人、同親族ら61人が関係している。

 

中国共産党政府は4月7日、ベトナム沖の南沙諸島で灯台を建設したことを自国民に向け明らかにした。べトナムとの領有権争いをしていたが実効支配に転じた。これで7つの人口島と3つの滑走路に次いで、領有権をめぐる海域に設置する示威行動だ。

 

2049世界の覇権!

これは中国共産党は2049年の建国100年までに南シナ海制圧を含めた「世界の覇権」を握る戦略の一環である。ベトナムはアメリカ、ロシア、中国と戦争を闘ってきた。そのためインドシナではもっとも凄惨な争いに巻き込まれ、経済発展が遅れてしまった。

古くは漢民族の南下により、ベトナムのキン族や少数民族53民族は中国から追いやられてこのインドシナ地域(現ベトナム)に住むようになった。漢民族に追われた民族は、台湾、朝鮮半島、日本へと渡っており、昔から漢民族は他民族の脅威になっている。この民族の問題は国内の少数民族チベット、ウィグル族、チワン族、台湾とあらゆる少数民族に軋轢をかけ決して保護しようとしない。

豊かになったのだから、アメリカやカナダのインディアン政策を学んで保護政策に転じる時期にきているのではないか。世界の覇権を握っても、何ひとつ中国人民の生活が良くなることはない。アメリカに代わってイスラム世界と闘いたいなら話は別だがー。人民のための政府になろうとは決して思いつかないのだろうか?

 

元CIAのスパイであるマイケル・ビルズベリー氏がニクソン政権、レーガン政権が中国共産党政権に軍事技術と軍事機材を売却しているのをリークした。「強く安定した中国は、アジアと世界を平和に保つ力になるはずで、その近代化を助けよう」とレーガン政権は1984年にNSDD140に署名した。

中国に武器を輸出して軍事強化をアメリカが支え、さらに台湾への武器輸出は削減するよう指示していた。ベトナム、台湾、韓国と日本はこれで同じ”苦痛の種”を呑みこむことになったのである。アジア周辺国は連帯すべきなのに、その中心になろうとする国が成長せず、いつまでも暴れん坊では、アジア周辺国が連帯するしかないではないか。韓国、台湾、ベトナム、フィリピン、インドネシア、マレーシア、インド、ネパール、タイ、ミャンマーカンボジアのひとたちと。

 

「中国に決して気を許すな」とはニュースキャスターの桜井幸子さんがその著作で目立つようにタイトルにして指摘している。また、産経新聞矢板明夫北京特派員もその著書で警鐘を鳴らす。

 

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中国の大学生、大学院生。世界1になっても世界が不幸になるなら、めざすのは止めたほうがいいのではないか? われわれは中国のひとを嫌っているわけではない。中国共産党政権が喧伝する南京虐殺も認める。だが、それを行ったひとは、もうこの世にいないのだ。関係者は生きていない。亡霊だ。ナチスドイツの”ユダヤ人”と同じで、”亡霊”を”共通の敵”を江沢民が演出しているのにもう気づいてほしい。ヒトラーは「ユダヤ人がいなかったら、別のユダヤ人を創っていた」と言っている。

友人であろうとするのを永久に心を閉ざした指導者は、国を迷走させるだけだ。

上海であれほど飛び降り自殺者がで、さらにウイグル新彊自治区のひとは放射能被爆に苦しみ、天津では爆死者がで、チベットでは世間に苦境を知らせるため焼身自殺すると、その親族まで罰するという、目を覆うほどの失策を繰り返し、あげくのはてにタックスヘイブン資金を隠す。中国検索大手の百度(バイド)は問題の閲覧を削除する。香港の知識人を相次いで拉致し、さらにタイのバンコクにまで追いかける。もう、これはどうしようもない。

天安門事件からすでに時は流れても本質は何ひとつ変わっていない。中国共産党のための中国が歩んでいる。このままでは2049年にわれわれアジア同胞は失望と深い悲しみを味わうだけだ。

 

中国発世界恐慌 鬼商城とロプノールの謎

中国発世界恐慌 鬼商城とロプノールの謎

 

 

 

 

注)タックスヘイブンは、インド洋のセイシェル諸島にもある。パナマ、ケイマンなど世界各地にあり、その実態は資金洗浄から資産隠し、そのほかマフィアなど非合法資金の隠れ蓑となっている。また、中国政策の本質については「中国発世界恐慌」に記しているので読みまわししてください。台湾の新聞大手が中国共産党政権にすでに墜ちている。

 

人類絶滅境界線上のアリア  6500年前 人類がアフリカ大陸を離れた本当の理由

人類絶滅境界線上のアリア 6500年前 人類がアフリカ大陸を離れた本当の理由

 

 

文明崩壊とミズーラの大洪水  11

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文明崩壊とダイヤモンド

 

ジャレド・ダイヤモンドの「文明崩壊」というベストセラーがある。彼はその前作でピューリッツァー賞を受賞している。

文明崩壊の書き出しは、アメリカ北部中央のモンタナ州がいかに素敵なところかを余すことなく描き出していた。特にダイヤモンド博士が感銘を受けたミズーラの低地の素晴らしさ、そこから見える景色は彼のその後の人生に影響を与え息を呑むほどの美しさだった。

文明崩壊という括りで取材した本には、当然、ここが紀元前にミズーラの大洪水があったという事実に一切触れていない。気づいていない。

 

事実は以下の通り。

氷河研究者によると1万1600年前に北米の内海ミズーラが氾濫し北米に壊滅的な大洪水を引き起こした。

北米アイダホ北部からミズーラ州にかけてミズーラ湖と呼ばれる非常に大きな内海が存在した。その水量はエリー湖オンタリオ湖を合計してもまだ足りないほどの威容だ。この湖はなんと氷河の氷床で支えられていた。気温が上昇したとき、このダムは決壊し、地球上のすべての河川の水量を上回る暴れ狂う奔流となって、西へ向かった。

この時期、人類はすでにベーリング海峡を越えてアメリカに達していた。ほとんど痕跡を残す間もなく、死滅した。考えてみてほしい。ガンジス河、メコン河、アマゾン河、ナイル河、ミシシッピー河、これら名だたる河の総量より多い水が奔流となって流れる様を。

コロンビア渓谷に息を呑むほどの造詣を刻んだのはこの時だ。10回以上にも及んだ大災害は、モンタナを限りなく美しい地形に造り替えたのだ。

現在ではこれに異論を挟む科学者はいない。

 

 

この本「文明崩壊」が出版されていた時期から考えれば仕方ないかも知れないが、その北に連なる尾根は氷河により、人類や動物など哺乳類が南下を阻まれ生死を分けたその後の文明の分水嶺になったところだ。

わずか10年、15年で学術は塗り替えられ、われわれは絶えず過去のものを学びながら、あたまを一度、白紙にしなければならないという作業が必要だ。つまり、先入観なしに素直に見直すという作業が、ものごとを探求するうえでこれほど重要になっている時期はないだろう。

しかし、ダイヤモンド博士の研究は優れており、是非、機会があれば読むことお勧めしたい。彼のあとを継ぐ研究者が出てくることを期待して。

 

ヴィンランドマップと

ストラドバリウス 

 

バイオリンが好きで練習しているが、いっこうに上達しない。ストラディバリウスの音色についてのドキュメンタリーを某国の国営放送が制作したと聞いた。残念ながら見る機会がなかった。そのなかでストラディバリウスは「ニス」以外のものは塗料に使われていなかったとう、調査報告がある。その調査法がX線によるものらしく、この方法はバイキングのアメリカ到達の地図を記したビンランドマップでも問題になったのだ。

たとえ、2000年を過ぎて実施したX線調査でも不十分なのである。ビンランドマップはその後、サンプルを切り出し6つの小片を調査したら、なんと表面がスムースコーティングしてあり、その下から、紀元後1000年ごろの生地がでてきた。

さらに、それらはバイキング・サーガという北欧伝説の語り伝え(口述伝承)通り、アメリカ北西岸にバイキングの中継基地が発見され、X線調査した女性研究者は面目を失った。なんと、新聞記事に「ビンランドマップは偽もの」という記事が踊り、世界は1度はそれを信じてしまったのだ。

机に座って研究するより、フィールドにでて調査する方がずっと楽しく実りが多い。バイキングのシャロードラフト(喫水の浅い)の船に四角い帆をはった機動力のある船がはるか3000キロの航路をいっきに駆け抜けていた様は胸がすくほどの冒険であったはずだ。

バイキングは北米インディアンとファーストコンタクトで8人を殺した。1人が逃げおおせた。その逃げたインディアンは仲間を呼び寄せ、弓でバイキングを襲い返した。その後、何度も抗争を繰りかえした。入植して常に襲撃に備えなければならず、牛、羊、豚、山羊、鶏に放牧や農業ができないことが、明らかになった。そして、良好な関係を築き、交易をしようとしても結局は双方とも略奪に走る。バイキングも北米インディアンも狩猟民だからだ。だが、バイキングがコロンブスより400年以上前にアメリカに達しその地図を残していたの疑うべからざる事実となったのだ。

 

 

人類絶滅境界線上のアリア  6500年前 人類がアフリカ大陸を離れた本当の理由

人類絶滅境界線上のアリア 6500年前 人類がアフリカ大陸を離れた本当の理由

 

 

 

 

素数の謎 解明への大航海7

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この物語の本章。

 

わたしは以前、ドイツのゲッチンゲン大学に天才ガウスを訪ね、双曲空間の曲率の求め方を探した、19世紀の数学などあらゆる学問の天才フリードリッヒ・ガウスの存在は一際、輝きを放っていた。そのとき、この大学の図書館に素数の「リーマン予想」で知られるベルンハルト・リーマンの研究の遺稿が存在することを突き止めていた。それを観たのはわたしひとりではない。リーマンはガウスや、それにアンリ・ポアンカレ同様に、科学全般(物理)や数学など複数の学問にまたがる知の巨人だった。

 

ゲッチンゲン大学図書館とベルンハルト・リーマン

 

 

 

そのリーマンが、残した遺稿の多くは彼の家政婦が焼却処分してくれたため、一部しか残っていない。

 

つまり、愚か者はどの時代でも必ず、その役割りだけは果たしてくれる。

あなたもゲッチンゲン大学の図書館を訪ね、リーマンの遺稿の閲覧を求めるといい。判読しにくい文字で、2つのテーマが1枚のペーパーに書かれている。

ある種の虚数が1直線に並ぶというゼータ関数の原稿。その隣に書かれていたのが、本編のメーンテーマである。

 

 

球形の表面にかかわる流体力学。惑星が時点しながら恒星を周回し、どのような流体力学が発生するかを突き止めたもの。

 

内部の粒子が互いに及ぼしあう重力によって、まとまっている球形の流体回転体(地球など惑星)に関する問題だった。

 

わたしは「宇宙の形」を探ると同時に、同じ、天才数学者の故郷で、別の問題の突破口に立っていたいたのである。これにはほんとに驚いた。わたしは長い間、考え続けていた。なにかの衝撃を加えられた地球など球形の流体回転体は、どのような挙動をするのだろう?

 

そもそも、歳差運動という、2200年の長周期で地球から見える星座が一回点するというのも、もとをたどれば、かつて地球が直面した思いも寄らない、衝突の名残で、それが収束しようと運動している途上ではないかとひらいめいた。

ではこの歳差運動が地球にどんな影響を与えている見てみよう。南極とグリーンランドから採取したコアのなかに解答があった。

 

 

 

氷のコアから分析した結果、

①10万3000年前

②8万2000年前

③6万年前

④3万5000年前

⑤1万年前

 以上の5つの時期に、Greenlandは暖かかったことがわかっている。深海の沈殿物分析結果とも一致した。疑いようもない事実だ。

南極ロス海の氷のコアも、この5つのうち2つと年代が一致した。

 

 

 

 

リーマンは明らかな天才である。どの時代のひとにも勝るほどの数学的直観力をもっており、素数と地球の運命に関わる、2つの問題の共通項に気づいていたのかも知れない。

 

ゼータ関数の非自明な0点は、すべて一直線状にあるはずだ

 

 

 

リーマンの球形の流体力学は、内部の粒子が互いに及ぼしあう重力によって、まとまっている球形の回転流体に関する問題だ。

ある種の虚数が直線状に載っているか、そうでないかによって、球体の運命は2つに分かれるのだ。はじき飛ばされるか、粉々に粉砕されるかである。

つまり、虚数の振動が惑星の運命を決めるといった内容だ。(これに異論を挟む学者は多いだろう)。

 

しかし、ある有力な反証がでてきた。それはロッシュ限界というものだ。惑星の半径の2倍から3倍の距離に、少し小型の惑星が侵入したと仮定しよう。

運命は2つ。はじきだされるか、それか潮汐力により、粉砕されるかのどちらかだ。この場合、リーマンの証明では、周期に素数をもっていると、はじき出されて生き残れるようだ。もしかすれば月が存在するのはこのせいかも知れない。月は奇妙にも自転していない。

同じ面を見せて地球を公転している。つまり、はじき飛ばされたが生き残って、今も地球から遠ざかっているのである。自転せずに遠ざかっているのは観測結果で事実だ。

 

リーマンのゲッチンゲン図書館の遺稿のなかにでてきた、回転する球形流動体の振る舞いが、自然界のなかに、、、。

 

 

 

 

 

 

愚か者の思考実験

 

地球の自転軸が衝撃からどのように立ち直るのかを実験しようと考えた。地球儀の玉だけを買ってきた。いいモノがないので、次にプラネタリウムへ行き、そこに隣接するショップで、直径12センチほどの地球モデルを購入。家に帰って書斎の天井にぶら下げた。

わたしは天井からぶら下げるのは間違いで、地球は太陽と月の引力に影響を受けていることに気づいた。では地球儀をどうすればいいのだろう? ぶら下げたいが、激しく回転する地球表面に太陽からの紐を掛けられない。そこで思いついたのが、円運動をさせなければならないことで、地球の地軸を可動にして、円を描くように旋回させる、、、、、。

地上では円を描くように振り回せても、どのように地軸のぶれが収束するのかを観測することができない。

仕方ないので、コンピューターにプログラムしてみた。それがこれである。

 

 

(サイト入る)

 

 

問題は地球と太陽の質量の影響で、軸のぶれが収束するまでの期間がどの程度になることを突き止めることだったが、それはかなわなかった。理由は? それは実験に投入する予算が皆無だからだ。できれば真空状態で実験したい。その数値をかけて地球モデルに拡大すると真実が見える気がする。ジャイロコープでは軸は戻らない。つまり、新しい回転軸にとってかわることが予想される。

 

わたしの思考はここでずっと足踏みをしたままだった。唯一の解決策は、これまでの経験で、昼寝することだ。問題を頭の片隅においたまま、気にかけていると1週間ほどすると、ある日、突然、落ちてくるのだ。わたしはそれを待った。いままで、ほとんどの問題はそれで突破してきたし、これ以外にいい方法を知らない。

 

バタッという音が聞こえるが、

ここで読者は、この本を床に叩き付けそうになるだろうが、あなたの本は不幸にもKINDLEだったり、iPod だったり、ノートPCなので投げないでほしい。

 

なぜ、地球がものすごい速度で自転するのだろう? 

しなければ地球の表面温度は暖かいところで摂氏240度は行くだろう。そして、太陽がまったく届かない地球の裏側はマイナス240度になる。では、なぜ、地球は自転しているのか? 生命を宿すためだなんて、冗談はよしてほしい。それは逆で環境がたまたまカビが繁殖しやすいようになっていただけである。

宇宙から夜の地球を見ると、カビが繁殖した林檎にそっくりなのに気づいたひとは何人もいると思う。

 

たまたま、われわれは誕生できたに過ぎない。実際は火星のようになる確率のほうが遥かに高かった。水が蒸発し砂漠化した星に。惑星はなにも自転する必要はないのだ。月のように同じ面をずっと向けたままでも存在する。しかし、地球は自転せざるをえないのだ。それによって、生命が育まれた。月を自転させれば寒暖差で水が誕生するので、生命を宿せるから、回してみたいと考えているのは、わたしひとりだろうか? 月は水分がないから無理にしても、火星の自転速度を地球に近づければ、数万後には水の惑星になり、地球は生き残れるかも知れない。火星には氷が存在する。

 

ある日、ほんとうに落ちてきたのである。地球の運動を研究するには、火星を観測するのがもっと手っ取り早いことに私は気づいたのだ。これが火星のデータである。

 

火星の1日は28時間である。しかし、これは物理的に書き換えられた可能性が高いのだ。火星クラスの小型惑星の1日は8時間程度になるはずだから。つまり、何ものかが書き換えたのだ。火星表面には直径30キロ以上のクレーターが3000個もある。犯人はその中の最大級のものだ。

 

 

つまり、回転するスピードも変わるなら、軸を変えるほどの出来事も起こりうるということだ。その事実は地球の歴史に記録されていた。問題は解釈である。

 

 

天才数学者ガウスと時間の商人たち: 時間の正体に迫る

天才数学者ガウスと時間の商人たち: 時間の正体に迫る

 

 

素数の謎 解明最前線への航海5

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非可換幾何学素数の関連に気づいたアラン・コンヌ博士

 

・紀元前9645年  氷河期が突然終わる。ウィーン大学アレキサンダー・トールマンの説。多数のテクタイトがこの層から見つかる。大洪水が発生した。グリーンランドで摂氏8度の気温上昇。氷河期を終わらせたのは巨大隕石の海洋衝突の可能性もある。

・紀元前2350年  ヨーロッパ、アフリカ北部で異常な乾燥に見舞われた。アフリカの湖の底で採取したサンプルで水面が劇的に低下。メソポタミアでは洪水と火災が発生し、荒廃が進む。

 

 

アフリカの地図を見てほしい。かつては緑のサバンナだった地域が乾燥により、砂漠と化しており、その面積は増大している。かつては、エチオピアあたりに人類の文明プールがあったと思われる。ここに古代エジプト文明の遺跡が多き存在し、ナイルデルタのピラミッド文明の前に発達していた。

 

 

上記2つの史実から、アレキサンダー・トルーマンの説。紀元前9645年に突然、氷河期が終わる。そして、多数のテキタイトがこの層から発見されている。氷河期が終わったのは巨大隕石の海洋衝突が原因と結論づけている。

テキタイト層は隕石落下を決定付ける証拠なので、隕石落下は確実だ。だが、それだけだろうか?

 

氷河は地球全体が寒冷化する現象をさし、極地(太陽の届かない地域の氷の層が拡大することを指す。これは隕石落下により、塵、埃が成層圏にまで舞い上がり、太陽光が地表に届かなり、寒冷化が進むのだ。しかし、時間とともに、塵と埃は地上に落ちて、もとの温度に戻る。

北米に巨大な氷河が出現し、動物たちが南下できないほどの氷河が出現するとはいったいどういうことかといえば、太陽が届かない極北の位置にその場所が移動した。つまり、地球の枠組みが変わったのではないだろうか?

マンモスたちが瞬間冷凍されるほどの早さで。考えられないほどの力で、北米が急速に冷凍され、それから少し遅れて、ヨーロッパ大陸が冷凍される。こういう状況だと、アフリカと南米大陸は赤道ちかくに移動する。つまり、地球上の大陸の位置が置き換わったように見えるのだ。

しかし、これは太陽に対しての地軸の傾斜角度が変わっただけにすぎない。この角度を黄道傾斜という。

 

エミリオの説

 イタリアのベルガモ大学にエミリオ・スペディカートという数学者がいる。彼はある有力な仮説を発表したのだ。それは1万1000年前、地球上で突然、氷河期が終わったことを説明するもっとも有力な説だった。大型の隕石や小惑星の地球への衝突は2つの異なるプロセスが存在するという。

1つは海上衝突。もうひとつは陸上衝突だ。地球は海上が4に対し陸は1にしか過ぎない。当然、海上への衝突が4倍も多い。だが、それが衝突のクレーターと隕石の捜索を困難にし、なかなか見けにくい。火星には直径30キロ以上のクレーターが3000個も見つかっている。海がないからわかったのだ。つまり、地球より小型の小径惑星ですら、それほどの衝突を繰り返している。

 

 

エミリオの説の骨格は、

「大陸への衝突は氷河期を引き起こし、海洋衝突は氷河期を終わらせる」というものだ。

過去、5度繰り返された100キロほどのクレーターができる衝突が海洋で起こった場合、その衝撃でまず、海面が切り裂かれ、強大な波が立ち上げられる。海底の柔らかい表凹面を突き抜けて、地殻に達し、割れた地殻からマグマが噴出。それは海水を水蒸気に変えて、大気に永い間、放出し続けられる。

これより先に引き起こされた波はやがて壁となり中南米大陸を襲う。陸に迫るにつれ大陸棚のせいで波は盛り上げり、やがては高さ100mの絶壁となる。すでにこれを見たときには逃げるのは手遅れである。飲み込まれるというより、巨大なビル壁に時速100キロで衝突したも同じだから。

この津波は遠くの大陸まで洗うことになり、極地の両大陸も同じように海水であらわれ、それに含まれる塩分が凍った氷塊を次々と溶かしてしまう。衝突で蒸発した海水は水滴となり、どっと地表に降り始める。さらにマグマの噴出がそれを進め、地球を温暖で潤った気候に変えて行く。

実際、このストリーと同じことが1万1000年前に起こっていたのだ。最終氷河期が突然、終わりを迎えたのは、多くに地質学者が植物学者らが認めている。ウィーン大学のアレクサンダー・トルーマンは、「天体衝突により、突然、氷河期が終わり、その年代を正確に紀元前9600年だ」と特定している。

1万1400年前の地球にほんとうに起こったのだろうか?

 

 

 

地球が絶滅に瀕したのは、過去5回

①4億4000万年前(オルドビス紀シルル紀の境界)

②3億6000万年前(デボン紀ー石灰紀の境界) 中央アフリカのチャド、1994年スペースシャトル・エンデバーがミッション中に大型のクレーターを発見した。

③2億4500万年前2畳期ー3畳期の境界)

④2億1400万年前(3畳紀ージュラ紀の境界)2大陸5カ所に隕石が落下。

⑤1億1000万年前 

⑥6550万年前(T-K境界線)恐竜が絶滅。生物の99.99%が死滅。インドのムンバイにクレーター発見によりユカタン半島のものと2つのデュアル・インパクトであったことがわかった。地球は死にかけていた。

⑦6万5000年前(全人類が2000人未満まで減少)

人類がアフリカを脱出した年

⑧1万1000年前(紀元前9645年)    本編のテーマ

⑨紀元前2300年(世界的な大異変があった

モヘンジョダロで一瞬で焼死した人骨46柱が発見された。エジプトでクフ王のピラミッド完成。

⑩西暦1200年           

ニュージーランドで巨鳥モアが絶滅 マヤ文明が消滅

(境界線の記載があるところが生物学的な絶滅があった時期)

 

 

天才数学者ペレリマンが挑む 宇宙の形 第1幕: 宇宙の真実の姿とは? (oriental novels)

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人類絶滅境界線上のアリア  6500年前 人類がアフリカ大陸を離れた本当の理由

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素数の謎を解明 最前線3

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この説が有力な点は、ナイルで起こったその後の度重なる大洪水と砂漠化の考えられないような大混乱だ。そのときに生きていた人類の一部は、自分たちの英知を記録に残そうとして、史上最大のモニュメントと仕掛けを建設した、その理由を説明できる。ピラミッドのなかに全長50メートルの古代の帆船が発見され、さらに、もっと南の地からは20ー30メートルの全長をもつ12隻の船団が発見されたのだ。

大洪水のときのためにこれで逃げようとしたのかどうかはわからない。しかし、古代のひとはわれわれが思っていた以上に、航海術に長けていた。

 

 

 

 

 

 

事実がこれだけなら、われわれは「ははぁ、そういう見方もあるのか?」とバカにすることができる。

 

 だが、疑う余地のない事実として、人類のDNAを解析した結果、地球上の人類が1万4000年前に絶滅に瀕していたのだ。紀元前1万2000年ごろの人類は、たったの2000人しか生存していなかったのである。

ヒトは27世代に1度の割合で突然変異を繰り返す。それがわれわれの眼の色、肌、骨格、つまり、人種に表れてのである。だが、このほかにもっと大きな変化がヒトに起こっていた。それは、ホモサピエンスの最も恐るべき牙、知能の爆発的な進化である。しかし、それはごく一部のひとにしか現われなかった。その後の長い期間、少数が人類の英知を積み上げて文明を築いた事実が残されていた。神官と呼ばれる文明の支配者たちである。

 

 

 

 

 

ピラミッドを建築する石工文明が頂点に達し、天文学を花開かせたのもこの第一文明だった。遅れたナイルデルタに定住した原住民に「食人の習慣」をやめるよう説いたのもこの文明を引き継いだ一握りのひとたちだった。

 

 

 

食人の習慣は西暦1600年ごろまでイギリスにも残されていた。岩窟に住む教養がない一族は、洞窟を訪れたひとを襲い、食人で飢えを凌いでいた。

地球上では1900年代初頭から中ごろまで、食人文化が残っていた。モアイの巨像で知られるイースター島も文明が崩壊し、飢えに苦しむあまり、食人の風習が記録されている。原因はモアイの造り過ぎだ。教養が無ければ、生きるのに汲々として、動物や昆虫と同じように同族で共食いしていた。

 

この地球は安定した人間に住みやすい永遠の楽園だったのだろうか? そうではなかったことは、旧約聖書ユダヤの伝承に伝えている。

そして、もっとも確かな証明が、なんと、人類のDNAの中に記録されていた。

紀元前1万2000年前のわれわれの人類はわずか2000人まで減っていた。そして、アフリカを脱出したのはわずか150人のたった1つのグループだけだった。それ以外のひとは、過去に存在しても、血は一滴もわれわれに受け継がれていない。ほとんど壊滅していた。

 

それ以前にすでにベーリング海峡を越えて北アメリカ、南アメリカに達していたが、そのひとたちは子孫を残せず絶滅してしまった。原因は1-7である。

 

仮に1万2000年前まで栄える文明を第一文明と呼ぶと、そのころの人類の最盛期は何人ぐらいだったのだろう? 少なくても100万人は必要だろう。

 

この本は、事実だけを垂直に積み上げた、疑いの余地のない人類の記録になるよう心がけた。しかし、幾重にも折り重なった塵と学者たちの嘘にまみれ、それを取り払うのは本当に困難な気の遠くなるような作業になる。

 

 

 

この物語の出発点

 

6万5000年前  アフリカ全人口が2000人未満まで減少(DNA分析により判明)アフリカからアラビア半島へ150人のグループが脱出

この時期、南極の氷冠のコア採取した調査によると非常に高い気温を記録していた。気温が10度上昇。理由不明の亜間氷期と呼ばれ、10万年前-2万年前までの間に20数回も発生していた。

            ↓

南極は極地ではなかったことに気づいてほしい。ただの2島からなる陸地だ。8万年の間に、非常にゆっくりとした振幅で、20回、緯度を大きく傾けながら、地球は自転していた。4000年に1度の周期でその振幅は繰り返し、2000年に1度、温帯地方になっていた。

 

 

・紀元前9645年  氷河期が突然終わる。ウィーン大学アレキサンダー・トールマンの説。多数のテクタイトがこの層から見つかる。大洪水が発生した。グリーンランドで摂氏8度の気温上昇。氷河期を終わらせたのは巨大隕石の海洋衝突の可能性もある。

・紀元前2350年  ヨーロッパ、アフリカ北部で異常な乾燥に見舞われた。アフリカの湖の底で採取したサンプルで水面が劇的に低下。メソポタミアでは洪水と火災が発生し、荒廃が進む。

 

ストラディバリウスの”謎”に挑む!

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写真はストラディバリではなく8弦バイオリン。

 

 

イタリア、クレモナのバイオリン名器ストラディバリウスはオークションで12億7000万円という破格の値がつく。しかし、意外にも弾きにくいバイオリンだ。その性能は室内で弾いてみてもわからない。大ホールで初めてその凄みを発揮する。

12月18日はアントニオ・ストラディバリウスの命日である。1737年の今日、クレモナで没した巨匠は、生誕が明らかでないのでおおよそ93歳まで生きた。没後278年。父と息子2人、それに職人たちで製作されたストラディバリウスは約1300台、現存するのは600台。この機にその名器の謎解きに挑んだひとたちの果敢な挑戦とストラディバリウスの音の現実に迫ってみたい。

 

ストラディバリはバイオリンのほかにビオラ、チェロ、マンドリン、ギターなども手がける工房である。その楽器の最大の特長は、装飾の美しさ、音色の優しさというひともいるが、楽器に必要なもっとも基本性能ー。

それをYAMAHAの技術者は「遠達性」と表現した。

YAMAHAが製作するギターで、ハイアマチュア用のクラシックギターに「グランドコンサート」シリーズがある。

これを手にした私は明らかに他のギターと性能が異なるのに気づいた。響きが違うのだ。ボディー構造がソリッドというか?その秘密は海の貝から抽出したエキスをニスに使用していた。

つまりギターのボディーを貝のハードシェルのように固め、そのサウンドを作りだしていたのである。そのため、5,6年したら、ボディーを拭き取るなどの手入れを怠ると、白濁した模様が浮きあがってしまう。

 この貝の話はストラディバリウスの謎の取材で閃いたのだが、そのクレモナで製作されたバイオリンは木の素材など、その地のものが使用されており、異なるのはそのニスの制作方法というのが2000年までの見方だった。

ではいったい何をニスに調合したのか?

それは様々のマイスターが試みた。ある職人は琥珀や土をニスに混ぜたりもした。黒ずんだストラディには松やにが混ぜられていた。とにかくクレモナ以外でも多くの職人がチャレンジした。いまだ、そのニスの調合法は解き明かされていない。音を復元できない。だからこそこれほどの高値がついている。

常人ではとても弾きこなせないストラディバリウス。例え弾くことができてもその性能を引き出すことはできないという。

 

 

かつてはニスがストラディバリウスの音色の鍵だとされていたが、21世紀に入ってこれを否定する意見がいくつか出された。複数ストラディバリウスを赤外線で分析した結果、ニスに使用されていたのは松ヤニと油性ニスだけであった。推測されていた蜜蝋などの特殊な成分の配合は認められなかった。これらは18世紀の弦楽器製作者ではごく普通に使用されていたもの。ガルネリやサロも同じ製法のニスを使っていたが、その製法は、欧州カラマツの松ヤニを煮詰めてコールタール状にし、それを常温に冷まして固化させたのちに、必要量を適時に粉砕して亜麻仁油で溶解して使用されていた。

顔料なども使用せず、亜麻仁油の添加量と重ね塗りの回数で楽器の色合いを調節した。ストラディバリウスの後期の作品には、松ヤニが炭化するまで煮詰めて製造した黒っぽいニスを使用した楽器も存在する。一方、そのニスの使い方に工夫があるという意見もある。

赤外線だけの結果なので恐らくこれですべてがわかるはずはない、と考えた学者は多いはず。わたしもそのひとりだ。できればDNA解析センターにでも持ち込みたいくらいだ。きっと、とりあってもらえないと思うが、、。

 

欧州カラ松。実はストラドバリウスが製作された年代の松は、小氷河期にあって、年輪の密度がわずかだが高い。つまり、固い部分が多い。

わたしの著作「絶滅境界線上のアリア」シリーズの2、3作目に、ベルガモの教授の話や、この氷河期の話を紹介した。

樹木はこの小氷河期にはあまり育たず、年輪の輪の間隔で、その樹が育ったときの気候がわかるのだ。

また、伐採したのちの経過年数でも強度が異なり、200年後から300年後がもっとも強度が増すという説がある。(注 非破壊検査が実際に行われたわけではない)。

 

実は植物学、地質学、考古学などの多くは、その時代では最先端の技術を使って、おそらくそうだろうという結論をだす学問だ。だから、数学の定理のように未来永劫にわったて正しいということが、あり得ない。つまり、疑ってかかるしかないわけだ。それは、アインシュタインも「わたしの研究は、先出の研究者の間違いを取り除く作業だった」と述べているように、数学以外は、5年をサイクルに学問が書き換えられている。

 

 

 

 

 

 

誰かバイオリン職人のひと、貝が吐き出す液を混ぜて試してみてもらえないだろうか?

きっと、クレモナの近くで採れる貝のはずだ。1600年代のクレモナにはガウネリもバイオリン工房を出店しており、ガウネリの方が先だった。

ストラディはバイオリンのボディー淵の装飾に特長があり、植物の文様を掘り込む細工が見事だ。しかし、さらにその音がどのバイオリンよりも遠達性能で優れているから、ただの職人ではなかった。ストラディには男ばかりの子どもがいて、次男、四男が跡を継いでいる。不朽の名品の仕様は門外不出だったため、遂に途絶えてしまった。

世界のバイオリニストのために、形はストラディ型として完成しているのにニスの調合がわからないため、完成していない。

日本のバイオリンメーカー、こういうところにこそ日本の科学技術を投入してほしい。それはだれもが幸せになれる”謎解き”だから。

できたらストラディ8弦バイオリンを開発してほしい。

わたしが見つけた8弦バイオリン。1億円を積まれても売らない。F字孔は左右対称。4弦の下部にさらに細い弦4本が引かれているのが見えるだろうか?貝殻細工とバイオリンが非常に近い距離にあったことを、このバイオリンは証明している。