ReuterJapanNews’s Dialy

バンコク駐在記者。ヤンゴンからチン州ミンダットに転戦。国際NGOと連携して国軍の攻撃から逃れる難民を救おうと頑張っています。

アジア最後の桃源郷 ミャンマー 

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 クラブ エンペラーで何が?

女の子たちだけではなく、そこで働くポン引きの兄ちゃんにも、両親がいないというのが何人かいました。

彼らとは、年齢もそう遠くないこともあり、向かいの屋台で酒をおごったり、飯を食わせてやったことがあります。 

特に見返りを求めてというわけではなく、そこで働くようになった経緯や、どういった背景があるのか気になったからです。

 

 

若者たちはすぐ新しいものに飛びつく。IPONEの普及率は若者の90%以上が所有している。西側と東側の両方から入ってくるハイテク製品に、この国のひとは現金収入がないと生きて行けない世界への口が開いたのだった。

 

1948年にミャンマーはイギリスの植民地支配から独立を果たした。実はそのきっかけは日本軍とイギリス軍の衝突だった。

 イギリス植民地時代を知っている老人たちから、「イギリスの圧政から逃れられたのは、日本軍のおかげもあるのです」という言葉を聞かされ驚いた。

そして、日本を恨んでいるひとはおらず、逆に彼らが親日家であることを知らされたのだ。

ミャンマーのひとは原爆が広島に落とされたことを知っていた。また、当時は白人優先思想が横行し有色人種は人間ではないという考えが欧米人に横行していたことも教えられた。

そうなのだ。日本が戦争に突き進んだのは、当時の世界は欧米列強とすべて植民地にされた世界の2つしかなかったのだ。インド、ミャンマーはイギリス。中国に至っては列強に土地を割譲させられ、次は朝鮮半島と日本だったのだ。すでに太平洋側はハワイがアメリカに占領され、ハワイ王朝最期の王は日本に助けを求めてきた。

 

 

「原爆で叩かれて焼け野原から不屈の精神で立ち上がり、ついにはすごい国になった。われわれにもやればできる」。

アジアの東の果てのひとがやればできると教えてくれた。

それが彼らの日本人観だった。英語や日本語がしゃべれるひとはそんなにいないので、一部の年老いたひとしか聞けなかった。しかし、それはこのあと地方へ行ってもブレなかった。

 

 

 

歪んだ世界(貨幣経済

市民の物価(生活編)

生中ビール 600チャット(約66円)

比較的ライトな味わいでうまい!!

 

屋台のミャンマーカレー 700〜1,500チャット(約77〜165円)

普通に美味しい。個人的にはマトンがおすすめ。

 

名物料理モヒンガ 300チャット(約33円)

麺なのに何故かスプーン。ナマズの出汁が効いてるよー!!

 

クレープみたい 200チャット(約22円)

パリパリ食感がたまらんっ!!中はパプリカとキャベツかな?

 

豚の内蔵串1本 100チャット(約11円)

現地人に混じってローカル気分!意外と若い女性も利用されてます。

 

市バス距離関係なく一律 200チャット(約22円)

運転荒い、超格安アドベンチャーへようこそ。

 

バナナ一房 600チャット(約66円)

モンキーサイズのが主流です。

 

ドーナツ1個 350チャット(約39円)

甘っ!!味の違いかよくわかりません。

 

宿代ドミトリー(共同部屋)一泊 10,000チャット(約1,100円)

おかしくないですか? おかしい!

実は近頃のミャンマー、宿代が高騰しています。

2〜3年前の情報と比較しても、1.5〜2倍程の料金を取るようになっている宿も珍しくありません。

当時からずっと近年高騰している、と言われている(笑)

ヤンゴンに到着する前に調べていた、一泊300円位のドミトリー(1年ちょっと前の情報)は廃止されていて、ドミトリー最低料金10ドル(1100円)が現在のヤンゴンの相場。

 

もう少し安い所もありますが、ほとんど空いていないとか、WIFIが使い物にならないほど弱いとか、何かしら障害があります。

 

 

何故こんなことが起きているのか。

ミャンマー民主化、そして今後の経済成長への期待により観光客や視察が増えたためですが、これはあまりにもやり過ぎではないかと思わずにいられません。

中には料金を更に跳ね上げ、天狗営業になっている所もあると聞きます。

ちなみにミャンマー滞在中に、ビールの値段も600チャットから700チャットに値上げされました。

 

ミャンマーでゲーセン摘発が相次ぐ

 民主化の余波、120年前の法律「復活」

 電源の切れたゲーム機が並ぶゲームセンターが、ヤンゴンにあります。奥へ進むとあったのは、ビンゴやルーレットに勝つとコインが増える、いわゆる「コインゲーム」。日本でもよく見かけますが、ミャンマーではいま、ゲームセンターが摘発される騒ぎになっています。

  

------------------------ contents ------------------------

第1部

ヤンゴン

エンペラー18才

    

第2部

ヤンゴン娘と物価が急騰

歪む経済と現実

 

第3部

United States of Myanmar

135の民族が暮らす国

 

第4部

電気のない小学校、カジノの廃墟

瑞麗 - 中国からミャンマー

 

 

なぜ、LONLY PLANET&

歩き方では行けない世界なのか

 

------------------------ YANGON ------------------------

     

ある旅行者のモノローグ

出発

ドンムアンからヤンゴンまでAirAsia預け手荷物なしで、\5,000を少しオーバーする位だった。

狭い機内の滞在時間もあっという間、ベルト着用サインが消えて15分もするとベルト着用サインが点き、着陸態勢に入ったとアナウンスが入る。

 

無事に着陸。空港はかなり綺麗だが閑散としている。すれ違う女性ミャンマー人空港スタッフにテンションがあがる。

入国審査はどのレーンも厳しそう。パスポート、EDカードに加えあらかじめオンライン申請により受領した「Tourist Visa Approval Letter to Myanmar」も一緒に提出する。

 

到着ロビーへでるとプラカードを掲げるお出迎えの方が全部で10名くらい。少なっ。

目の前に両替所。斜め左にSIMカードショップ、左手にタクシーサービスの受付、右手にトイレと狭い範囲に必要なものが揃っているのは便利。

 

まずはミャンマーチャットの持ち合わせがないので、両替所に並び成田空港で入手した新品の100ドル札2枚を両替。

大量に渡される10000Ks札束で財布はパンパン。社長にでもなったような気分だ。

 

SIMはOoredoo(オレドゥー)をチョイスしてみた。価格は失念してしまったが2GB/1Monthで5000Ksくらいだったかな。更に通話用として5000Ksトップアップしたが、全く使わなかった。1週間程度の滞在だったので緊急用に1000Ks程度で良かったなと・・・まーこれも経験なんでよしとしよう。なお、通信速度は遅めだが主要3社似たり寄ったりの模様。

 

 

移動する前にちょこっと空港見物。ロビーはそれほど広くはなく、少しあるくと出国ロビーまで辿り着いてしまう。外の空気はどうかなと数歩外へ出てみるも日本国内地方空港と大差ないのですぐに冷房の効いている屋内へ。

すると、茶色の軍服に身を包み腰つきがいやらしい美人女性スタッフが、すごい勢いで追いかけてきて呼び止められた。おじさん、今はまだ何も悪いことしてません。

軍服は着ているものの女性の顔は笑顔だったので安心した。空港内に入る際は手荷物検査が必要だったらしい。たった3歩しか外に出てないんだけどなーと思いつつも素直に謝り笑顔で従いました。

出国時に空港ロビー入るときは手荷物検査された覚えが無い。早朝でスタッフがいなかっただけか?まっそんなもんか。

 

タクシーサービスでホテル名を告げ8,000Ks支払う。タクシーまで案内されそのまま乗り込みホテルへ。車は多いがのどかな雰囲気だ。道すがら行き交う車は日本の中古車が多く、会社名やらロゴがそのまま残されていて楽しませてくれる。

 

 

宿泊したホテル周辺はこんな感じ。車が多いにもかかわらず、どこが中央線でどこが歩道かよくわからない。

 

道の脇は土がかぶってしまっている上に路駐も多いので危険極まりない。

野良犬、野鳥が多く鳥の泣き声が響き大きな木もそこら中にある。まさしくジャングルと共存しているかの様だ。

本当の中心部はそれなりに都会だが、タクシーで5分も走るとこんな感じ。

 

治安は良いと感じるし、話していても人当たりがよく優しい口調で話すので印象はかなりいい。

呼び込みとかも、ある程度はしつこいが、あきらめると「今度よろしくねー」とか「楽しんで来てください」などと片言の日本語を話して引き下がっていく。お隣のタイでは捨て台詞を度々聞かされるが大違いだ。

 

一番危険なのは車と犬だと思った。特に夜になると照明がほとんどないので、徒歩での移動は危険度MAX。

車と犬に気を取られていると躓いて転びそうになる。

地面に気を取れていると車に引かれそうになる。

道の端っこや裏通りを歩くと犬がいる。

やばすぎる。

 

 

 

 

エンペラー潜入  

ホテル周辺の探検も終わり、ようやく楽しい夜がやってきた。お楽しみの始まりである。

さてどんな一夜になるんだろうと期待が高まる。

 

まずはタクシーでお店まで行かなければならない。

現地語はまったくわからない。数字はもちろんこの時点ではミンガラーバーさえ知らない。

ホテルカードを貰いホテル前のタクシーへ。英語が通じるドライバーと通じないドライバーがいるが、ベルボーイが間に入ってくれたので数台のタクシーと交渉できた。しかし、ホテル前のタクシーは全て同じ額からは下がらなかった。

決められたその値段は、相場より高いであろうことは容易に想像できたが初日なのでよしとしよう。

 

走ること10分ほどでエンペラーに到着。ここがエンペラーか。

 

開店前のエンペラー。写真赤枠がエンペラーの看板。

 

タクシーを降りるや黒服に囲まれる。皆、日本語で気さくに話しかけてくる。

黒服は夜の相手を探したい客の要求に答えるために力を尽くしてくれ、その対価にチップを要求してくるが、結構がんばってくれるのでこちらも心からチップを渡すことが出来る。

 

黒服に初来店である旨を伝えいろいろと教えてくれと頼む。任せろと笑顔で答えてくれる。心強いぜ!

エレベーターに乗り込み5階へ。ドリンク1杯付きの入場料5,000Ksを支払って店内へ。

噂には聞いていたが店内真っ暗!ダンスフロアを照らし出す明かりが全てってかんじ。

暗くて歩くのもままならないが、黒服に連れられソファーに座り運ばれてきたビールを1口。

少し慣れてきた目で辺りを見回す。まだ時間が早いのだろうか、他の客はほとんどいないなどと思っていると、隣に立つ黒服とは別に、斜め後ろに人の気配が・・・

唖然とするおじさん。振り返ると、女の子が10mほど行列を作っているではないか。

 

黒服が「好きな女の子を選ぶ。気に入らなければチェンジチェンジ」。

だいたい4名くらいずつが並んでくれ、チェンジというと次の4名に交代するが、暗くて顔がよくわからない。

それを察してか女の子みずからスマホのあかりで自身の顔を照らしたり、どこから湧き出てきたのか隣のソファーに陣取るママがお抱えの嬢に懐中電灯を照らしたり。

冷静さを欠いているおじさんは、いいかなと思って指名するが席に座ってじっくり見ると違ったりで、指名放流を3回ほど繰り返してしまった。

その都度、黒服がまた女の子を集めてくれるが、だんだん集まりが悪くなってきた。

少しそっとしてくれと黒服に頼み、ビールをちびちびと飲んだりトイレへ行ったりしながら冷静さを取り戻す。

指名放流を繰り返せば、誰も寄り付かなくなるよなーと反省し、暗いのは変えられないので、こちらからもスマホかざしたり近寄ってみたりすればいい。あの手この手で今夜のお相手を探しミャンマー初陣を飾るのだ!

 

気づくと、ソファーに空きが無いほどに客が入っていた。

黒服にレディーと告げると、またしても喜んで嬢を集めてくれる。あり難いことだ。

 

四苦八苦の末、ようやくお相手が決まりました。

自称18歳で経験は1週間らしい。体のラインは細くは無いが純粋そうな娘だ。

黒服がフ○ラのジェスチャーをしながら「すごくうまい」と、本当か?と嬢に聞くが英語を解せないようで伝わらない。黒服はなおもフ○ラのジェスチャーし親指を立てる。

 

これはいい情報を聞けたと一人ほくそ笑むおじさんでした。たぶん、相当悪い顔してたと思う。

 

 

四苦八苦の末、何とかお持ち帰りとなった18歳、経験1週間

 



 テーメーカフェ戦記 バンコク援助交際カフェの女

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戒厳令下 バンコクの恋人たち


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#ミャンマー #ヤンゴン