reuterjapannews’s diary

宇宙のなかに住む住人は、どうすればその形がわかるのだろう,という世紀の難問ポアンカレ予想から出発した壮大なドキュメンタリー。決して外から形を眺めることができないがそれに挑む天才数学者たちが繰り広げる死闘を執念で追います。また、記者自身にもそれに挑戦させるとんでもない企画。数学や理論物理学がこれほどまでに凄まじいものかと、、。その煌きと感動を身をもってお伝えします(><);ギリシャ問題、中国バブル崩壊、性奴隷マーケット問題などニュースの裏側を伝えます。短期勝負なのでいづれブログではなくなります。Web MO

ウルトレイア完全版 地軸が傾いた驚愕の世界を描く!

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7万4000年前にスマトラ島のトバ火山の大爆発が発生。こちらも大規模な気候変動が起こっていた。やはり、原生人類はアフリカの気候変動により、やむなく移動した、という事なのか。
 

水が大切なヒンバ族の娘は泥を身体に塗りこめて、身体を清潔に保つようになった。彼女たちのなかには驚くほど美しい娘がいる。

  

 

出発地を検証
人類発祥の地は東アフリカ。400万年前にはすでに初期の人類が現れていたと考えられている。最も新しい種はホモ・サピエンス(現生人類)と呼ばれる。
 エチオピア南部を流れるオモ川流域で、19万5千年前の頭蓋骨の化石が発見された。これがホモサピエンスのルーツであり、発祥地としての礎なのだ。
 人類と他の動物を区別するものについて学者は「芸術・音楽・言語・宗教・計画をすること」をあげる。オモ川から5千キロ南、南アフリカのピナクルポイントには、16万5千年前のものと思われる居住跡がある。そこからは、石器や狩猟の道具、海貝の貝殻などが発見されている。貝を食料にしていたということは、潮の満ち引き等を予測するなどの証拠でもあり、人類の特徴である「計画性」がうかがえる。いささかこじつけぎみだが、、。
  最近は遺伝子解析の技術が進み、人類の進化をさかのぼることが可能になってきた。その結果、現生人類は全員、10万年以上前にアフリカに住んでいた、たった1人の女性の子孫であることがわかっている。

 


北進説を追って
 アフリカで生まれた現生人類はどうやってアフリカを出て、世界中へ広まっていったのだろうか。おそらく私たちの子孫はアラビア半島へ向かって脱出した。
 「気候モデリング」を使って、その脱出ルートを探したところ、私たちの祖先は約7万年前に、アフリカ大陸とアラビア半島が最も接近する場所、紅海の「悲しみの門」と呼ばれる場所を通ってアラビア半島へ抜け出たらしい。そしてここから人類は世界中へと散らばっていった。


ヨーロッパの東端に位置するルーマニア。某所の地下遺跡は「骨の洞窟」と呼ばれ、非常に重要であるため正確な位置は公表されていない。
ここから発見された骨片をつなぎ合わせると、4万年前の頭がい骨と判明した。これは、初期の現生人類のものでヨーロッパ人のものとしては最古の頭がい骨である。
実は大学院生が、これを壊したらしく、彼らがニカワか何かでくっつけたシロモノだ。博士論文を書くため、無理矢理借りだした。しかも、彼女同伴の取材旅行だ。

それにしても髑髏の彼はいったいどうやってルーマニアに来たのか。
  およそ6万5000年前、私たちの祖先はアフリカを出てアラビア半島へ渡った。それから数千年後、短期間ではあるが、地球の気温と湿度が上がった時期があった。砂漠が緑化したその時期に、人類は中東を抜け、ヨーロッパへ到達したと考えられる。

私たちは、法医学アーティストの力を借りて、4万年前の頭がい骨がどんな顔立ちだったのかを復元してもらった。
その顔の特徴は、現存している人種のどのグループとも一致しないが、黒人にも南東アジア人にも白人にも発展していく可能性を備えていた。おそらくこの褐色の肌をした人たちがわれわれ人類のベースなのだ。カンボジア人、バングラディシュ人、アボリジニインドネシアポリネシア人、かれらの肌は褐色である。迫害されたロヒンギャもそう。

 


われわれは白人の学問を礎にしてしまったので、白人、黒人、黄色人種の3タイプしか知らないが、褐色人種は意外にも人類の中で大きなウェイトを占めているのだ。
そして、彼らこそが人類のオリジナルの肌色だったと考えられる。そこから考えると、白人と呼ばれる人種は「アルビノ」(色素を失った種)である。


ドワーフの島
 ミャンマーアンダマン海に浮かぶ島に不思議な人たちが住んでいる。身長が120-130センチ。アフリカのピグミー族のように小さい。彼らがいったいどうやって、陸の孤島に渡ったのかはわからない。ミャンマーの西岸からおおよそ60キロの沖合い。彼らも褐色の肌をもつ。イギリスの学者たちが彼らのDNAを調べたところホモサピエンスで、比較的、早い時期にインド南岸から渡ってきたのではないかと推測している。
低身長についてわたしが調べたところ世界各地の僻地に存在し、小さな村、ほぼ全員がこのくらいの身長の集落は存在する。事実、カナダのマッケンジー河の支流にある村は30人ほどだが、みんなミゼット、ドワーフなどと西側からきた学者たちに呼ばれていた。


 アフリカを脱出した人々が進んで行った北方には、すでに先客がいた。
ネアンデルターレンシス。
筋骨が隆々とした洗練された人類がいた。
  私たちの祖先は、ネアンデルタール人を相手に、どうやって生き抜いたのだろうか。その答えを示すのは、3万5千年前のものと思われるフルートを初めとする楽器や芸術品だ。広い範囲に渡り、私たちの祖先の居住跡からは、同じ芸術品が出土している。それは私たちの祖先が「仲間」「同志」として交流し、助けあっていた証拠だという。
ネアンデルタール人の居住跡からはそのような痕跡は見られない。この社会的なネットワークが、私たち祖先に勝利をもたらしたのかもしれない。しかし、最終的にネアンデルタール人を駆逐したものは気候であると考えられる。寒さや干ばつに見舞われたとき、連帯のない集団は弱いからだ。
 2万年前には、すでにヨーロッパには私たちの祖先しかいなかった。10万年以上もの間、放浪していた私たちの祖先の外見は黒い肌が白く変化した。そして、組織化が進んだ社会は、新たな変化を生み出す。ヨーロッパ文明の誕生の基礎が築かれていったのである。学者たちはそう説明する。
ほんとうだろうか?

 


くすぶる「北ルート」説
なぜ、脱出は1回なのかは不明
イギリスのサンガーセンターやケンブリッジ大学のチームは、現在エジプトとエチオピアに住んでいる人のゲノムを分析し、ヨーロッパやアジアなどの非アフリカ人と比較した。
約6万年前に現生人類がアフリカから拡散したルートは、シナイ半島経由(北ルート)だった可能性が高い、と発表した。これまでに、北ルートの他、エチオピアからバブ・エル・マンデブ海峡を渡ってアラビア半島に到達したとする「南ルート」説が提唱され一般的に信じられている。論文はThe American Journal of Human Geneticsに掲載された。

 

第2章
トバ・カタストロフだけでは説明しきれない

 
いまから7万-7万5000年前に、トバ火山が火山爆発指数でカテゴリー8の大規模な噴火を起こした。この噴火で放出されたエネルギーはTNT火薬1ギガトン分、1980年のセント・ヘレンズ山の噴火のおよそ3000倍の規模に相当する。この噴火の規模は過去10万年の間で最大であった。噴出物の容量は1,000 km3を超えたという。
編集注)トバ火山級の噴火は100万年に1度とする論文も存在する

 


1998年にイリノイ大学のスタンリー・H・アンブローズによって提案された、トバ・カタストロフ理論

トバ・カタストロフ理論によれば、大気中に巻き上げられた大量の火山灰が日光を遮断し、地球の気温は平均5℃も低下したという。劇的な寒冷化はおよそ6000年間続いた。その後も気候は断続的に寒冷化するようになり、地球はヴュルム氷期へと突入する。この時期まで生存していたホモ属の傍系の種(ホモ・エルガステル、ホモ・エレクトゥスなど)は絶滅した。トバ事変の後まで生き残ったホモ属はネアンデルタール人とヒトのみである(ネアンデルタール人と姉妹関係にあたる系統であるデニソワ人がアジアでは生き残っていたことが、近年確認されている)。現世人類も、トバ事変の気候変動によって総人口が1万人にまで激減したという。


いくつかの地質学的証拠から、トバ・カタストロフ理論は支持されている。

 


Toba catastrophe theory

トバ火山噴火による火山灰は東南アジア・南アジアを中心に厚く降り積もった。ベンガル湾を越えたインド・パキスタンでは、トバ火山由来のものとされる約7万年前の火山灰が2mもの層厚で堆積している。グリーンランドの氷床コアの酸素同位体比からはこの時期の急激な気候の寒冷化が訪れた。これは北半球で気候の寒冷化が生じた証拠とされる。

この噴火で火山灰はインドやパキスタンでは5-7センチ降り積もり、中国南部では数センチの厚さで堆積し、東インド洋やベンガル湾の海底からやグリーンランドの氷床コアからも検出されており、地球の各地に降り積もった。
この噴火で地表の気温は下がり、それが6000年続いたという。気候の激変で、この時代にいた人類のうち、ホモ・エルガステルとホモ・エレクトス、その近縁種は絶滅し、現生人類とネアンデルタール人(およびその近縁種のデニソワ人)だけになってしまった。
ヒト亜科で6属、ヒト属だけでも9種の人類の亜種の化石が見つかっているが、現存している人類は私たちホモ・サピエンスの一種のみ。

 


しかし、一方で南極の氷床コアにはこの気候変動は記録されていない。理由は後述するが、大噴火を伴う地球の自転速度のストレスを解消する仕組みは「地軸を揺るがすほどのできごとだったはず」というのがわたし、ひとりの見解だ。これが世界で最大の地震と噴火の巣であるスマトラで起きたということは、また、ここど同じことが起こることは免れないない。それでこの本は書かれたのだ。多くの友人のジャーナリストが手助けしてくれた。調査だけではない、イラストなどのデザインについても。わたしひとりでは到底できなかった結論にたどりついた。

 

 
第3章

トバ事変はビン首の犯人?

かろうじて生き残った現世人類はビン首と呼ばれる人口減少圧力によって、その遺伝的多様性は失われた。
現在、人類の総人口は72億人にも達するが、遺伝学的に見て、現世人類の個体数のわりに遺伝的特徴が均質であるのはトバ事変のボトルネック効果による影響という。
遺伝子の解析によれば、現世人類は極めて少ない人口(1000組-1万組ほどの夫婦)から進化したことが想定されている。遺伝子変化の平均速度から推定された人口の極小時期はトバ事変の時期と一致する。

この学説は6万年前に生きていた“Y染色体アダム”や14万年前に生きていた“ミトコンドリア・イヴ”を想定した学説ともに矛盾しない。また、現世人類の各系統が200万年〜6万年の時期に分岐したことを示している現世人類の遺伝子の解析の結果もトバ・カタストロフ理論と矛盾しない。
なぜならば、トバ・カタスロトフ理論は総人口が数組の夫婦まで減少したという学説ではなく、そこまで凄まじいボトル・ネック現象を想定している訳ではないからである。現世人類の遺伝的多様性はトバ事変によって、現世人類の人口が一度減少したことを示唆する。

一方で、近年の考古学的研究によれば、インドのある遺跡では現世人類はほぼ無傷でトバ事変前後の年代を生き抜いたという証拠も提出されている。

 

ウルトレイアー6万5000年前(学術編)完成で、近日発売します。