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reuterjapannews’s diary

宇宙のなかに住む住人は、どうすればその形がわかるのだろう,という世紀の難問ポアンカレ予想から出発した壮大なドキュメンタリー。決して外から形を眺めることができないがそれに挑む天才数学者たちが繰り広げる死闘を執念で追います。また、記者自身にもそれに挑戦させるとんでもない企画。数学や理論物理学がこれほどまでに凄まじいものかと、、。その煌きと感動を身をもってお伝えします(><);ギリシャ問題、中国バブル崩壊、性奴隷マーケット問題などニュースの裏側を伝えます。短期勝負なのでいづれブログではなくなります。Web MO

金正男氏暗殺事件 謎の女性工作員の正体 2人はインドネシア国籍

 

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金正男氏暗殺事件

謎の女性工作員の正体 2人はインドネシア国籍

 

 金正男氏暗殺事件の2人目となるインドネシア旅券を所持するシティ・アイシャー容疑者(25才)が逮捕された。マレーシア警察当局が16日明らかにした。さきに逮捕されてたドアン・ティ・フォン容疑者(28才)はベトナム国籍で、2人は北朝鮮のスパイ組織が外国でスカウトした工作員とみられる。

 クアラルンプール国際空港に13日現われた金正男氏はマカオへ出国する第2ターミナル3階LCL出発ロビーで、航空チケット自販機付近で襲われた。正面から25才のアイシャー容疑者が話しかけ、その隙に背後からフォン容疑者が首を絞めるような形で布で頭を覆い、スプレーを噴霧した。

 金正男氏はデニムにブルーのポロシャツと庶民的な中国人を装っていた。生前、暗殺者が狙っていることは自覚しており、マカオの友人に「自分はいつまで生きれるかわからない」と漏らしていた。女性の暗殺者には警戒を解いていたようで、抵抗することもなく押さえ込まれた。この模様は空港内の監視カメラに犯行の一部始終が記録されていた。

 正男氏は金正恩氏と同様、北朝鮮で神格化されている革命の父金日成主席の孫。金日成氏の血をひく血縁が粛清されたのは北でははじめて。

 韓国聰合ニュースによると、政治に関心がない正男氏暗殺は、「裏金の返還」を求めていた正恩委員長の指示に従わず、金銭をめぐって対立していたためとする憶測もある。

 12年に一度、正男氏の暗殺未遂事件があり、その後は北京とマカオを行き来する生活を送っていた。中国が金正恩体制が崩壊したあと、立て直す意味から保険で正男氏を保護していたとされる。金銭的には潤沢な生活を送っていたとされ、シンガポールなど各地を定期的に訪れており、正妻と別れた前妻がそれぞれ北京とマカオに住んでおり、それぞれ子どもがいた。

 工作員ベトナム国籍のフォン容疑者はベトナム北部のナムディン生まれと記載されたパスポートを所持していた。ここは脱北者が中国を越境するときに通過する地帯で、地理に明るいフォン容疑者を北がスカウトしたものとみられる。

 ここからカンボジアに逃れ、プノンペンから空路ソウルに入る脱北ルートをすでに北側は押えており、今後、このルートを利用しようとする脱北者とNGO関係者に危険が迫っていることをうかがわせる。

 正男氏の暗殺の成功からすでに脱北し韓国籍を取得した北の元政府要人と、米国に逃れた人権活動家たちの身にも危険が迫っている。

 

 

 

 

北朝鮮アセンディング-彼女たちの国境より抜粋

 

中国で性奴隷にされる脱北女性

Surviving Human Trafficking in China

パク・ジヒョンさん(人権活動家、人身売買被害者)

 

野放しの闇ビジネス

 私のいた村には脱北妻が5人いたが、道で擦れ違っても声を掛け合うことはなかった。近所の人たちの目が怖いからだ。「所有者」の男たちは、私たちが共謀して逃げるのを警戒していた。逃亡を防ぐために、私たちには冬でもまともな靴は与えられなかった。

 

 私は中国人男性の奴隷として6年間過ごした後、2004年に中国当局に見つかり、他の数人の脱北女性と共に国境地帯の図們の収容所に送られた。最初の1週間は毎日5~7人の男の看守が部屋に入ってきて、私たちを全裸にさせ、肛門や膣に現金を隠していないか調べた。生理中の女性を調べるときには、看守の脚に血が流れたが、彼らはお構いなしだった。看守はトイレにまで付いてきた。

(出典 連座制強制収容所送り、北朝鮮「収容所人名辞典」が暴く地獄)

 

 北朝鮮に送還され、半年ほど収監されて強制労働に駆り出された。脚に壊疽(えそ)が起き、死期が近いと診断されて、収容所から放り出された。家もなければ、頼れる身内もいない。私は路上で物乞いをした。あるとき通り掛かりの医師が哀れに思ってこっそり脚を治療してくれた。

 

 私の物語はそれで終わりではない。息子を捜すために別のブローカーの手引きで再び中国に向かった。07年に北京で出会った韓国系アメリカ人の牧師の助けで、私たち親子はイギリスに渡って難民認定を受けた。私は生まれて初めて自由を知った。

 

 人身売買は国際法で禁止されており、中国でも違法だ。だが、闇のビジネスは野放し状態。

 祖国の悲惨な生活から逃れようとして人身売買の餌食になり、性奴隷にされる女性たち。世界がその実態に目を向けなければ、彼女たちは抵抗するすべもない。

 

 

 

ついに性奴隷市場が出現

 中国の三合に来たパク・チョンファさん(26才・仮名)は、黒竜江省五常にブローカーを介し売られた。半監禁状態で過ごした。まさに売られた先が男ばかりの家。

62才の父親と32歳の長男など、男性5人だけのこの家には、自分が唯一の女性だった。憂慮したことがまさに現実となった。父親と息子4人が、『毎晩、順番を決めて体を求めてきた』。体調が悪い時や生理の時も、例外ではない。周囲に民家はなく、誰とも接触できなかった。そんな「けだもののような生活」が8ヵ月ほど流れた。

 

チョンファさんは、自分に同情した2番目の息子を誘って、隣町に外出に出た際、逃げ出し、奴隷生活から辛うじて逃れることができた。敦化を経て、延吉のある救護機関を訪れたチョンファさんは、「いっそ北朝鮮に帰りたい」と泣いた。

事情を知った救護機関の関係者は、「彼女に旅費を与えたが、北朝鮮に帰れたかどうかわからない」という。

 

 

延吉で会った他の脱北女性キム・へジョンさん(仮名)は、「昼には牛のように畑に出て働き、夜には男性のなぐさみものにならなければならなかった」と訴えた。2000年6月、北朝鮮を脱出し、汪清に売られた女性は、「同じ村に来た脱北女性に会って話をしたら、男たちから集団暴行を受けた」と話した。脱北女性たちは、周辺の監視はもとより、言葉が通じないうえ、いつ中国公安当局に逮捕されるか心配で逃げ出すこともできない、と話す。また、子どもができれば、子どものために逃げることができないという。

 

河北省秦皇島市には、約1O世帯に脱北女性が「集団売買」されて来たが、人里離れているうえ、監視が厳重で、反監禁状態で暮らしていると、ある脱北女性が打ち明けた。

 

「最近、延吉周辺の農村では2O代女性基準で2OOO〜3OOO元(約3万-4万円)で最も低く、河北省からの注文は、2万元(日本円で約25万円)と最も高い」という。

河北省の場合、鉱山開発などで金が回るうえ、独身男性が多く、脱北女性たちの人気が高いという。また、年齢などの「条件」によって、価格が変わる。市場も、東北3省一帯から内陸に拡散している。

 

 地域と年齢で「値段」決まる脱北女性売買市場。売られた脱北女性ヒョンジョンさん(仮名)の手に入った金は2OOO元(約3万円)。ブローカーには8OOO元(約12万円)が入った。また、他の脱北女性K氏は、比較的「売買初期」に売られ、1OOO元(約1万5000円)だけ受け取った。延吉のあるブローカーは、『脱北女性を買える』という情報が中国全域に広がり、地域別に異なる価格がついているという。

 

 

北朝鮮の咸境北道 会寧(フェリョン)の苗木会社に勤めていた35才の女性は、2OO1年7月初め、見知らぬ男から声をかけられた。男性は小さな声で、「生活が苦しくないか。中国に行けば、金が稼げる」と言われ誘惑にかられた。

 

1997年、両親が予防接種の副作用や栄養失調などで一度に死亡した後、4歳の妹と何とかその日を暮らしていたところだった。会社では仕事だけさせて月給を与えず、妹も体が丈夫でなく、寝ていることが多かった。二日に一日は食事ができない状態で生活しなければならなかった。

 

「どこに行っても、今以上の生活はできる」と考え、彼女は1週間後の夜、胸までつかる豆満江(トゥマンガン)を渡って、他の脱北女性2人と中国に渡った。龍井のある民家に泊まった2人は、2日後、それぞれ農村に売られた。

 

延吉で記者と会った女性は、「ブローカーにだまされ、田舎の年を取った男のもとに売られ、妹と連絡もできないまま、何の希望もなく暮らしている。息をしているから生きているのであって、本当に生きているのではない」と話した。不法滞在の身分である彼女は、周囲をきょろきょろ見回していた。

 

 

 

北朝鮮には”女性”はいません。性と労働力搾取の対象があるだけです』

 脱北女性団体のニューコリア女性連合(イ・ソヨン代表)が国際女性デー前日(2016年3月7日)、ソウルプレスセンターで記者会見を開き、北朝鮮における女性への人権侵害実態を告発した。北朝鮮で列車乗務員・軍看護師・協同農場労働者などをしていた脱北女性たちは「北朝鮮内の女性たちは劣悪な労働環境や暗に行われるセクハラ(性的嫌がらせ)、性的暴行に対しても『人権侵害』という認識さえないまま暮らしている」と述べた。

北朝鮮で列車乗務員をしていたというキム・ウンミさんは「列車には兵士用車両があった。夜になると電気がつかなくなるのを狙った兵士たちが、女性乗務員や不正乗車などで摘発された女性を対象に性的暴行することがよくあった。こうしたことがあまりにも横行したため、女性列車乗務員は結婚相手として避けるべきだという言葉まであった」と語った。

北朝鮮軍看護師として6年間勤務し、2014年に脱北したというチェ・スヒャンさんは、北朝鮮軍内の女性兵士たちの服務実態や、上官による性的暴行について証言した。チェさんは「金正恩キム・ジョンウン)政権になってから北朝鮮軍全兵士120万人のうち女性兵士の割合は30-40%にまで増えたが、年に軍服を1着しか与えないため、一度洗濯してしまうときちんとした服が着られず、寒さに震えた。ある女性分隊長は夜遅くに事業報告名目で上官に呼び出され、頻繁に性的暴行を受けた。後に望まない妊娠をしたが、このことが知れて不名誉除隊となり、ショックのあまり自殺した」と語った。

鉄道放送員を務め、1999年に脱北したというチョン・ヒョンジョンさんは「北朝鮮が中国の飲食店などに女性労働者を多数派遣しているせいで、『平壌市内には女性がいなくなった』という話まで飛び交った。管理者たちはこうして派遣された女性たちを1部屋に3人ずつ寝起きさせ、互いに監視させ合ったので、外出なんて考えも及ばなかった」という。

 

 

 

いったい首都平壌はどんな状況なのだろう? この史上空前絶後の大飢饉にみまわれたあと、平壌のごく一部と南北が対峙する板門店をめぐるツアーが催行されるようになった。外貨獲得のために観光ビジネスに乗り出した金正日(金体制の2代目、正恩氏の父親)みずからがデザインしたホテルに宿泊し、党の宣伝と開かれた近代的な首都の一部をアピールするツアーである。

このころは分断された南北朝鮮半島に雪解けのムードが漂った。

日本からのツアーは朝鮮総連系の旅行代理店・朝鮮国際旅行社が企画した新潟空港ウラジオストックを経由して空路で平壌に入る6日間の旅だ。当然、マスコミ関係者は入れないが、何人かはこのツアーに潜り込んだ。

新潟からはウラジオストック空港へプロペラ機、そこからは高麗航空に乗り換える。ツアー参加費は25万円だがこれ以外の方法で平壌入りはできない。北朝鮮が進める経済開放政策にそって企業が北に進出する商談など以外ではまず入れない。

この時期、外国人のための宿泊施設として、高麗ホテル、羊角島(ヤンガド)ホテルが使われている。ホテルの宿泊客は中国人ビジネスマンとツアー客だけという極めて宿泊客が少ない稼働状況だ。しかし、中国とのビジネスには積極的で、羊角島ホテルの地下にあるカジノは中国から誘致した企業が運営している。だから、従業員も朝鮮語が話せる中国人だった。

ほとんど、こうした施設は利用されていない。だがツアーの内容は決して悪くはない。ホテル施設は古さが目立つがサービスが行き届いており、空調やテレビ、それに内装もシックで落ち着いたものだ。ソウルに一流ホテルとは比べるのは酷だが、デザインがひと昔前のものだ。

街を歩くひとはそれほど多くない。むしろ閑散としてる。ハングルの看板の百貨店やホテル、あとはスローガンだけで、企業やブランドの看板がある。この不思議な無機質な都市をどう表現するか悩むところだが、写真で伝えるのが一番だろう。このな世界は極東アジアのここにしか存在しない。いくら想像してもわからない。

 

街のひとたちは外国人に話しかけたりはしない。また、めずらしそうに見つめたりもしない。先を急ぐように歩いている。ここに住めるのは政治と軍事関係者のエリート家族だけ。

つまり、この平壌数キロの圏内に住むひとたちだけが、あの未曾有の飢饉を苦しむことなく生き抜いたわけだ。

 

公開されているのは地下鉄の1区間だけが乗車できる。復興駅から栄光駅の短い区間だが、地下100メートルに潜るエスカレーターと高い天井をもった駅が観光のみどころになっている。モザイク画で金日成の伝説を描いたものらしい。天井のシャンデリアが不思議なムードをかもしだしている。これはモスクワの駅でみたシャンデリアではないだろうか? モスクワには4駅あり、どこだったろう。

千里場線 栄光-凱旋駅

 

電車の車両は古くこれといった特色はない。この栄光駅を上にあがるとその近くに高麗ホテルが聳え立っている。

板門店JSAについては映像がでまわっているのでここでは触れないが、北朝鮮が見てほしい”よそ行きの世界”と”現実の北”は、労働者層と支配管理者層の2つの層が完全に 真っ二つに分離した異質な世界だった。

 

 

これほどの経済格差があり、生きることが困難な状況にありながら、なぜ、座したまま餓死せざるを得なかったのだろう?

それは徹底した監視社会と情報隔絶が生んだ悲劇である。北朝鮮が異常だと気づくのが遅すぎたのだ。ピョンヤンの現実は詳しく後述するが、下の写真でわかるように衛星写真では北朝鮮は真っ暗闇である。そして、ピョンヤンだけが点として浮かび上がっている。

 

 

先遣隊は20代の彼女たち

北からの脱出ルートはいくつも存在するが、現在でそのルートのいくつかは、利用されているので詳細は書かない。警備が厳重になればそれだけ難民に危険が及ぶ。

成功するには必ず押えておかなければならないポイントがある。

 

偽造パスポートによる出国のケース

国連難民高等弁務官事務所がある大きな都市まで行く

②同所で難民申請する

③申請が受理されたらそれをもって韓国大使館へ行く

④それをもって韓国大使館で受け入れ証明をもらう

⑤国際赤十字へ行き旅券を作る

⑥ロシア、モンゴル、カンボジア、あるいはその地の国の出国許可をもらう

 

ざっと、以上の手続きを必要とする。