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reuterjapannews’s diary

宇宙のなかに住む住人は、どうすればその形がわかるのだろう,という世紀の難問ポアンカレ予想から出発した壮大なドキュメンタリー。決して外から形を眺めることができないがそれに挑む天才数学者たちが繰り広げる死闘を執念で追います。また、記者自身にもそれに挑戦させるとんでもない企画。数学や理論物理学がこれほどまでに凄まじいものかと、、。その煌きと感動を身をもってお伝えします(><);ギリシャ問題、中国バブル崩壊、性奴隷マーケット問題などニュースの裏側を伝えます。短期勝負なのでいづれブログではなくなります。Web MO

世界同時不況の足音

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世界同時不況の足音

EUの現場、難民たちの地中海沿岸

 

世界金融危機の再来を恐れ、どの国も上海、アテネ、ベルリン、モスクワ、ロンドン、ニューヨークを監視している。すでに中国では上海にいた労働者たちは田舎に帰り、なんとか生き抜く算段を模索しはじめていた。昨年5月の上海株式相場の暴落で多くの股民たちが破産し、自殺をとげた。その後、中国の実態経済のあまりにもむごい凋落ぶりは新聞に連日掲載され、食傷気味なほど伝わってきた。

しかし、ちょうど同じころ、中国からの日本への団体ツアーは依然好調で、「このひとたちは自分の国に何が起きているのか知らないのではないか」とジャーナリストたちはいぶかった。為替レートの操作で強くなった元で日本を旅行して回った中国人団体。その夢のような蜜月は短かった。

同じ夏、ギリシャ危機がクローズアップされる。デォルト債務不履行におちいったギリシャは国家破産瀬戸際にいた。市民は国会議事堂の白い建物まえでデモを繰り広げ、これ以上の緊縮財政にはついて行けないと教師も商店主もシュプレキコールをあげた。労働者たちはストライキにうってでた。冷静に考えれば、これは2010年にそっくり同じことが起こっており、ギリシャの破産は5年ごとに繰り返しているのだ。

 

EUがきしみ始めている。

ギリシャの破産、そして、スペイン、ポルトガルアイルランドと次々と国家ぐるみの破綻が明らかになってゆく。そのつど、国際通貨基金IMFとEUは追加支援を行い、破綻国の債務は雪だるま状態に増えている。そして、さらに追い討ちをかけたのが、アフリカ、中東からの政治、経済難民。このとめようもなく打ち寄せる波は、地中海沿岸に死体のやまを築いた。

実際にイタリアで流れていたNGOが取材した映像には「来たら死ぬぞ。踏みとどまれ!」という必死のメッセージがテロップで何度も流された。そのフィルムには波打ちぎわに色の黒いアフリカのひとたちの溺死死体が5メートル間隔で、はてしない海岸線に累々と打ち寄せられていたのである。

EUは欧州通貨を統合するゆるやかな経済組織として発足し、欧州を1つの市場と捉え、同一通貨を使い、生産品、つまり、ひとものカネ、サービスが欧州域内で自由に動き、巨大なマーケットを生み出そうという、人類史上はじめての試み。

その中心にいるのがドイツ。発足時に時間を巻き戻すと、ドイツの通貨マルクはイギリスのポンドをぬいて、アメリカのドルに次ぐ世界第二位の通貨として君臨し、世界経済の欧州の要に位置していた。世界の外貨準備高で19%を占めていた。

そのため、ドイツはEUで中心的な役割を果たし、ユーロ通貨圏の拡大や財政支援で音頭をとってきた。そして、同じ時期に発生した史上空前のアフリカ難民問題でも、その役割を引き受け、北欧の国などからの反対意見やEU内部からの批判的なつきあげを押さえ、人道支援の道を切り開いた。

その中心的役割をはたしたのアンゲラ・メルケル首相(61才)である。旧東ドイツ出身の女性首相は物理の学位をもつ才媛だが、その力の正体は「忍耐強さ」だろう。このひとが勇気をもって踏みとどまったから救われた命は4万人以上なのだ。

 

メルケル、助けてくれて、ありがとう」

ギリシャの目前で、北ヨーロッパをめざそうとして、難民キャンプで夢うちひしがれて、すさびきったひとたちの前に輝くばかりの未来が開けたのだ。ある難民グループが用意した垂れ幕に英語でそう書き記していた。

ドイツ人はヒットラーが率いるナチス政権下、ユダヤ人の大量虐殺、ポーランド人の虐殺などおおくの戦争責任をとわれ続け、そしてやがては東ドイツを併合する。しかし、その道はほんとうに険しい道のりで、今でも年に1,2本のナチス時代の映画が封切られるほど、ドイツという国の成り立ちを問い続けられる。

大きな出来事があるたびに、ドイツにはそれを救いだすひとが現われる。1人目はワールドカップのドイツ大会で救世主になったバラック選手。彼は東ドイツ出身者だ。実は2000年を過ぎても、ドイツ国内では東の出身か西側なのかと陰口を聞くことがある。「あのひとね、アナザーサイドのひとだからね」というわけだ。

だが、バラック選手がでてきてから、そうした風潮が消えつつある。そして、アンゲラに至っては東出身の首相を西のひとも誇りに思うほどに国民の意識統一は進んでいる。

われわれ日本人はそうした汚名を返上できるところにさしかかっていた。しかし、リーマンショック東日本大震災、そして、今回の世界同時不況の入り口に立ち、何もできずにいる。

アンゲラ・メルケルギリシャ債務不履行のたびに、一致団結を呼びかけ支援金の拠出を打ち出すが、最初のころは、

「ドイツは巨額なギリシャの債権が宙に消えることになるのを懸念しているから、見捨てることができない」という新聞論調が目立った。わたしもそのひとりだった。そして、そうではなかったことに気づかされ自分を恥じた。

瀬戸際に立ったときにどう判断するか、指導者の真価を問われる。アンゲラ・メルケル首相は一般のひとよりもっと、遠くをひとりだけ見ていた。

日本は第二次世界大戦、アジアの隣国を蹂躙してきた。その償いはいつできるのだろう。そのとき、われわれのリーダーは誰になっているのだろう?

いつかは舵を切らなければならない。針路はみながもう気づいているように人道支援である。気づいてさえいれば道は必ず開ける。世界同時不況の入り口に立ち、EUで2つの難題をかかえ、国内主力のファルクスワーゲンの問題に悩み、ドイツ銀行の巨額な債務を前に、それでも頑張っているEUの中心ドイツをわれわれは人道支援で、手助けできなければ、いつ出番がくるのだろう?

 

 

太陽を背にして

難民の夢、EUの夢 2つが交錯

 

アフリカの北岸、おびただしい数の死体が打ち上げられていた。密航でイタリア沿岸をめざしたが、船が沈没、北ヨーロッパでの新しい生活を夢みたひとたちだった。5メートル間隔、10メートル間隔で黒い溺死死体ははるか彼方まで続いている。

海上ルートはいくつも存在する。イタリアのメッシーナシチリア島ギリシャ沖のレスボス島、このルートは秋になると風が強まり、海が荒れる。問題は悪質なリビアの密航手引き者が暴利をむさぼるように、積荷のように難民をすし詰めにし、操船できないのに地中海を渡ろうとするからだ。

このルートでわたりきれたひとは大勢いる。しかし、助かったのはかなり偶然に頼るギャンブルだった。イタリアの救助艇が見つけてくれなければ溺死はまぬがれなかったひとが大勢いる。まさに、生命を賭けた夢に見る欧州行きだった。

「やめろ、死ぬぞ、思いとどまれ!」。

ヨーロッパのNGOが海岸をジープで撮影してまわり、その模様をテレビやインターネットに流した。しかし、これが移動中のひとたちを押し戻すことは到底不可能に思えた。それほどアフリカ沿岸から移民をめざすひとびとは雪崩をうつように押しかけている。

スペイン沖のルートはもっとも厳しい洗礼をうけた。歩いてアフリカ北岸にたどりついたアフリカンは、ジブラルタル海峡をめざしてその海岸で密航のチャンスをうかがっていた。海岸のすぐうしろにある草むらに身を潜める。高さ4メートルもの鉄条網が2重にはられ、その間隙をぬって走りぬけるのは用意ではない。20代の機敏なおとこでさえ、2人に1人は捕まるのだ。そして、その捕まった瞬間、撲殺するような勢いで殴られ、2度とここをめざさないよう手か脚を骨折させられるのだった。

取り締まっていたのはモロッコの警察官組織で、その仕事にカネを払っていたのがスペイン政府だった。押し寄せる経済難民を暴力で阻止しようという国もあったのだ。

このルートが人道的でない、つまり、ひどい怪我を負わされるとう情報がテレビに流れた。なぜか難民の半数近くが包帯で腕を吊っていたり、手に怪我をしていた。脚を引きずっているひともいる。これはさすがにおかしいと気づいたヨーロッパのテレビ局が真相と突き止めた。難民たちは怪我を負いながらも海岸の緩衝地帯に身を潜め、何度も失敗してやっと地中海を越えたのだった。

このルートは危険だった。不具者にされる。それで難民たちはイタリアとギリシャを船でわたるリビアルートに押し寄せたのだった。それを手引きするリビアの密航業者は、自分たちが捕まらないように、島の沿岸で難民もろとも船を沈没させて引き返すのだ。この悪辣な手口を知らないひとたちは泳げないのに地中海をわたろうとして、溺死したのだった。

運よくイタリアの沿岸警備艇にたすけられたひとは、ソマリアエリトリア(アフリカ東部の独裁政権の国)、エチオピアと内戦状態や経済危機で仕事もなく困窮のはてに渡航を決意した経済難民たちである。

エリトリアからの脱出者によると、「リビアにいる兄を頼ってきたがカダフィー政権後の経済混乱で仕事にありつけず、イタリアへ渡る決意をした。密航費は兄が工面してくれ、密航が成功したら兄もやってくる手はずになっていた」。

250人が乗船した船は密航者に沈められ、かろうじて救助が間に合い助かったのだった。

 地中海沿岸で4000年前からもっとも頻繁に戦争に巻き込まれる聖地がるエルサレム。シリア沿岸。ここからは陸路でヨーロッパをめざす大きなうねりがあった。

シリア、イラクのひとびともヨーロッパ行きを考え、この同じ時期に北へ旅立ったのだ。

ISIS(イスラム国)が自らの教義に改宗しない人間を追い出しにかかり、踏みとどまるひとを殺害しはじめたからだ。この模様は「イスラム国に性奴隷市場が復活」に書いた。

このころすでに難民の数は想定16万を数えて、イタリアとギリシャに4万人が流れ着いていた。さらに陸路でも数万人がギリシャを目前に足止めをくらっていた。その理由は、東欧諸国に難民を受け入れる余裕がないこと、そして、入ってきた場合、職を奪われる懸念から、EU内でも反発の声が突き上げるように噴出していた。

それが表面化したのはハンガリースロベニアポーランドととてもEUが割り振った難民受けれの数を「到底、承服できない」「16万人という想定はほんとうに正しいのか」と反発。難民の流出先はアフリカ、中東、シリアにまたがり、地中海西岸側(ジブラルタル)ルート不明、イタリア沿岸ルート5万人、ギリシャ沿岸ルート6万6400人、ハンガリールート5万4000人に膨れ上がっている。

ハンガリーの首相などは「幻想だ。難民の流入を逆に助長するだけだ」とEUの救済案をはげしく否定した。

ポーランドは1万2000人の受け入れを求められたが、コバチ首相は「2000人が限度、それも自国の国民の生活が脅かされないことが条件」と修正を求め、限定付き条件で容認に舵をきった。

難民が足止めされたハンガリー南部の街ルスケ。ここでハンガリーの警官隊が、バスに乗り込もうと詰めかける難民を阻止していた。難民たちは高速道路のわきにある敷地にキャンプをつくり、この状態がいつまで続くのか不安な日々を送るのだった。

 

 

 

夢見た欧州はなくなる

ドイツのメルケル首相は「難問問題で失敗すれば、人権を尊重する我々が夢見た欧州はなくなる」とEU各国に重ねて協力を訴えていた。メルケル首相は、スペインの財政破綻のときもポルトガルでも、アイルランドのときも救済の協力を呼びかけている。ユーロ構想とは、それは通貨を介した緩やかなひとモノカネ、サービスをボーダレスにして巨大市場を生み出すアイデアの実証実験でしかなかった。しかし、彼女は欧州のなり立ちを振り返り、ユーロ圏に本物のEU精神を吹き込もうとしていたのだ。

 

その背景には、彼女の出身にあった。東ドイツで育った彼女は大学で物理を学んだ才媛である。当時東側のベルリンでは西ドイツの飛び地のような隔離都市があったのだ。その街のまんなか分厚い壁が分けへだてる。この壁を越えようとして死んだひとたちの墓碑が今もこの壁近くに残されている。乗り越えようとしたひとは働き盛りの20-40才のひとたちである。西側世界にあこがれ壁さえ超えれば豊かで自由な世界が待っていると信じていたのだ。北はノルウェー、東はダブリン、アイスランド、西はスペイン、そこから世界へ歩いて行ける。

今のベルリンにはそのことをうかがい知るのは壁のモニュメントと記念館に、ブルンデンブルグ門ぐらいだろう。この飛び地のようなベルリンにやってくるのは西ドイツで兵役を拒否した青年たちで、彼らは投獄されるかわりにここに一定期間住むことで、兵役拒否罪を許された。古くから住むベルリンのひとたちはみな老人でそれに混じり若者がいるのはそれが理由だった。

1998年、わたしはこの街にいた。どう見てもドイツ人に見えないスラブ系の青年がマンドリンをアンプにつなげた「タラのテーマ」を弾いていた。金髪の若い女性は服を露天で売っている。聞くと彼女はトルコ人だった。どうして、ドイツにいるのかと聞くと「出稼ぎよ」と笑う。トルコ人は愛想がいい。それだからドイツのひとも労働者が入り込むのを追い払ったりしないのだ。

ユーロが誕生したとき、40代だったドイツ人はユーロをどう思うかとインタビューしたことある。

「感動したよ。しびれるような震えがあったのを覚えてる」。

この意外な言葉にドイツ人の奥底に秘められていたある感情になにかが触れていた。

それはナチスドイツがユダヤ人を収容所送りにし大量虐殺した負の遺産と、隣国を蹂躙し、追い詰めては民族の浄化な名のもとに殺戮を進めたことへの深い反省の思いがずっとあったからだ。それゆえ、ドイツ人は自分たちの歴史に誇りをもてずにいた。欧州のなかで心はいつも下を向いてきたのだ。

それが欧州共同通貨で統合するユーロ圏の登場で、ドイツはその中心的な役割を担うことになった。東西ドイツが統一されても、ドイツのひとたちの戦後はまだ終わったとは思っていなかったのだろうか。

メルケルは自分の果たすべき役割を知っていた。それは再びドイツ人である自分が欧州のひとたちと手を携えて生きる未来をつくることだった。そして、自分たちがかつてそうであったようにアフリカからやってきたひとたちの生命にかかわる問題へとまっこうから向かわせたのである。

メルケル 助けてくれて ありがとう」。国境を超え難民たちはテレビカメラの前を横切りながら手をふり、口々にそう言っていたのだろう。とにかく彼らは未来を掴んだかのように見えた。

 

 

ここから、彼がつかんだ夢、そして、スペインが、ポルトガルが、そして、苦渋をなめたアイルランド、そして、ドイツはどうなるのかを見ていこうと思う。アジアの端にある極東からはわからないユーロの苦難は続いている。そこには不思議な経済法則すら生まれていた。まるで異なった世界のように。

 

 

素数ノ謎 

第Ⅱ部より

 

実はわたしは日本のジャーナリストではない。だから、日本経済新聞や朝日など、日本の報道陣が入れない世界に入れる。たとえばウラジオストク。極東の未開の地のような銃と暴力の現実である。それでウラジオストクの写真を数点ネットにあげた。そして、ここに住む住人たちにマファアがいる。

韓国財閥が経営するヒュンダイホテル(ヒュンデと発音)で、銃の乱射事件があった。グループ同士の抗争だというが、凄まじい戦闘でもてる銃器で撃ちまくったというほどホテルの室内は破壊されていた。

ディスコで一時期、入場客ひとりひとりをボディーチェックしていた。わたしが行った時期はこんな最悪の時期だった。互いの縄張りを攻めあい、破壊し合っていた。だから、ひとりでは夜9時以降は出歩けない。ウラジオストクには英字新聞社があった。タブロイド版で週一回の発行だ。どうも経営難で新聞もなくなり、事務所も見つけられなかった。現地の犯罪ニュースはほとんど海外に伝わっていないのだ。だから、外資のホテルとかレストランや工場が恐れを知らずにでてこれる。知らされてれば尻ごみしたに違いない。

わたしはアムール造船所を視察に呼ばれた。この造船所は原子力潜水艦の建造できるシップヤードだ。しかし、東西の終結後、ここで働いていた従業員は仕事もなく、約1年間ほど給料がストップしていた。技術的には非常に高いものがありながら、どこからも原子力潜水艦の注文はとれない。

操船できないからだ。すでに保有している潜水艦と同じ操船方法でないと軍事行動ができない。同じタイプを揃えるから艦隊になる。

民需転換を図りたい造船所の所長は従業員の給料が払えず、従業員をレイオフすることを考えていた。そこに飛び込んできたのが、例のサハリン沖の石油掘削施設の受注である。

つまり、掘削機を据える海上浮体設備を建造する仕事が石油メジャーから入ったのだ。われわれ西側ジャーナリストはそちらから声がかかった。そして、その造船所がウラジオストクにある。ひっそりと目立たない。アムール造船所。軍事基地なので川べりにうまくカモファージュされるように立地していた。

わたしは韓国の現代重工、三星重工の巨済島造船所など日本対岸の造船所も取材している。しかし、ロシアの造船所に入ったのはわたしひとりだけ。公開されたのは始めてだ。

そこで知ったのがウラジオストクの治安の悪さだった。なにしろ働いても1年も給料をもらえないなんて公務員がざらにいる。誰か西側の人間に資本を投下させて、それを武力で取り上げるのが、ここで起こっていた事件だった。

その流れのなかで日本とも友好関係を築こうと、昼間の世界のひとは投資を呼び込めるよう、盛んに日本側にウラジオストクをアピールし始めた。そして、事件が起こった。大学に短期留学した日本人は来てみなければ実態がわからない。殺されたひともいる。

そして、当時、日本へ中古車の買出しに入っていたのはここのマファアたちだ。

プーチン大統領は、あまりに日本車の輸入が多いのに閉口して、中古車輸入に関税を100%かけた。それは新車販売が伸びず、自国で生産した新車が売れないからだ。

とたんに日本からの中古車ビジネスにうまみが消えた。稼げるビジネスではなくなったのだ。だが抜け道はあるものだ。真っ二つにチェンソーで切った車を、部品として輸入し、再びウラジオストクで組み立てて普通車として販売するのだ。これを「ニコイチ」という。

そして、この時期に対岸の日本の山陰の街で女子大生猟奇殺人事件が起きた。それを書いたのが「Coldcase」だった。

 

 

コールドケース 死の通訳 未解決事件ファイル

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素数ノ謎 解明への大航海: 宇宙の暗号 (NGO japan cyber library)

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