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reuterjapannews’s diary

宇宙のなかに住む住人は、どうすればその形がわかるのだろう,という世紀の難問ポアンカレ予想から出発した壮大なドキュメンタリー。決して外から形を眺めることができないがそれに挑む天才数学者たちが繰り広げる死闘を執念で追います。また、記者自身にもそれに挑戦させるとんでもない企画。数学や理論物理学がこれほどまでに凄まじいものかと、、。その煌きと感動を身をもってお伝えします(><);ギリシャ問題、中国バブル崩壊、性奴隷マーケット問題などニュースの裏側を伝えます。短期勝負なのでいづれブログではなくなります。Web MO

ガウスをめぐる高弟たち 師を愛した男装のフランス娘 素数ノ謎Ⅱ

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ガウスをめぐる高弟たち

師を愛した男装のフランス娘

     ゲッチンゲンのパダワン物語

 

The Zeros of the Riemann Zeta-Function,

ゲッチンゲン大学数学科教授フリードリッヒ・ガウスとリーマンの関係については、第1幕で触れたが、リーマンは名実ともにガウスの後継者として、ガウスが占めたポストに就任した。

ガウスにはその当時、動乱のヨーロッパで様々な分野で世界最先端を競うようなひとたちとの交流があった。その一部は「ガウスと時間の商人たち」で、ニュース通信社ロイターと電信の公開実験を行った模様を書いた。

ガウスはいろんな世界のひとに影響を与えており、そのなかで探検家で測量家のフンボルトとの2つの世界を描いた映画「世界を測量」というのが、ガウスを取り上げた作品として有名だ。

しかし、ガウスの精神世界の中心には数学が居座っており、そうした奥深い真髄については、この映画は触れていない。むしろフンボルトのアマゾンを駆けめぐった探検に力点が置かれ、ガウスは測量もしたが、地元ゲッチンゲンの神童の成長物語という程度にしか描かれていない。

数学者というものが映画という大衆を相手にするには厳しいという判断からか、派手な探検家であるフンボルトとタッグを組ませた商業主義的な作品にとどまった。

しかし、演出の仕方しだいでガウスとさまざまなひととの触れあいを描くことで、世界1の天才数学者とうたわれるガウスの生涯にわたっての映画はできる可能性はあると感じさせてくれた。

ロイター、ボヤイ親子、リーマン、そして、ガウスを慕った本当の弟子は、実はドイツ国外にいたのである。それもフランス娘である。男といつわり近づいてきた、ソフィー・ジェルマンの人生ほど数奇な物語りはないだろう。これほどドラマティックな師弟愛はかつて描かれたことがあるだろうか?

 

 

わたしにはない。アンジェラやアンといった空手の弟子を抱え、なかでもアンジェラはドキュメンタリーの仕事にも関ってきている。ガウスが実はひとを育てることを大切にした、ゲッチンゲン大学の精神の支柱のような存在であったのだ。

 

「このような手紙をさしあげてあなたのような天才をわずらわすことをお許しください。あなたの数論考察研究の読者が抱く、賞賛の想いから、お手紙をさしあげています」。

その手紙の差出人の名はムシュー・ルブランとあった。

手紙の送り主は、実はおんなで、本名は20才のフランス娘ソフィー・ジェルマン。当時の数学界は、女性が数学をたしなむというのは、並大抵のことではなかった。敷居が高すぎて、教授殿は誰も相手をしてくれないほどの差別世界であったのだ。ジェルマンは大学の数学科に入学するときですら、男に成りすまし講義に通ったほどである。このときに使った偽名がムシュー・ルブランであった。

実はルブラン氏は実在した大学の学生で数年前に、除籍になっている。彼女は彼の名を語って復学した形で、聴講できるようになったのである。

 

ガウスは、数論考究を著わし、ヨーロッパで名声がとどろいており、数論の世界第一人者のガウスにどうしても、自分の研究を指導してほしいと想っていた。

ガウスとの間には数十通の往復書簡が存在し、ジェルマンの関心は素数とその先にあるフェルマーの最終定理の解法にあった。

ガウスはジェルマンが男の生徒であると信じて、才能ある彼を導くように懇切丁寧な手紙を書いているのだ。

「数論があなたのような優秀な友を得ることをできたことをとても喜んでいます」。

1806年、ナポレオンは破竹の勢いでドイツ領土を攻め、プロイセンに進軍。パリに住んでいたジェルマンはフランス国内では名前が知られる女性数学者で、交友関係はパリ社交界にも及んでいた。ナポレオン軍のゲッチンゲン侵攻で、ガウスの身の危険を深く案じた。彼女にとってガウスはもっとも大切なひとだったのだ。男装し身分を隠す才女は、ゲッチンゲンへ向かったフランス軍司令官ジョセフ・メリー・ベルネティーに「ゲッチンゲン大学ガウス教授」の身の安全保障を頼んだのである。

司令官はその言葉どうりにガウスを発見し身を保護した。そして、彼に言い放った。

「あなたが生きておいでなのは、ソフィー・ジェルマンのおかげですよ」と。しかし、ガウスはそれが誰だか知らないので、首をかしげる。いくら考えてもわからないが深く感謝したのである。

 

それから、彼が安全であることを司令官から知らされたソフィーは、本当の自分をガウスに知らせることにした。ガウスはあの数学の友人が女性であったことに驚き、それが身を守ってくれたことに驚き、さらに彼女が若いことにも驚いた。

ガウスはゲッチンゲン大の数学部長と天文台長を兼任しており、そのころ彗星の観測で世界の天文台長との情報交換に忙しく、ソフィーの手紙に返事を書けないほど多忙を極めていた。それだけではない、電信の公開実験など、実用向きのテクノロジーが彼の数学に追いつき始め、ガウスは研究を天文学や物理の世界へとひろげていた。

ソフィーもガウスからの返事が途絶えがちになり、やがては来なくなり、ついに師を失ったと想い、深く落胆した。そして、彼女も実用性のある物理の世界へと転身を図ったのである。それほどガウスの存在は大きかったのだろう。

彼女は生前、あまり名誉を求めなかったし、研究成果も師に知ってもらえればそれで満足だった。物理の分野に転身し「弾性板の振動に関する研究」というのが功績として高く評価されている。

それは当時、パリが世界の最先端を行く都市として脱皮を図ろうといていた時期に重なり、鋼鉄製のエッフェル塔を建設するのに大きな役割を果たしたからである。今でも聳え立つその塔の礎に名盤が刻まれている。しかし、彼女の名はそこにはない。鉄板の弾性理論でその後の科学の礎を固めた理論であるにも関らず、72名の功績者の名から外されている。

ガウスはそのことを知っていたのかどうかはわからないが、ソフィーのフランスでの活躍を誇りに思い、彼女をゲッチンゲン大学名誉学位を与えるよう動いたのだった。果たせるかな、その学位を受ける前に、彼女は亡くなっていたのである。

死因は乳がんだった。全身に転移して息絶えた。

彼女が生前、唯一の栄光はなんと、フェルマーの最終定理で解法に貢献したという理由でフランス学士院からメダルを授与されたという記録意外に存在しない。

それは素数の振る舞いに関する洞察で、素数の切りくずし方を発見した初めての研究だった。

2Z+1が素数になるような、素数Zは存在しない、という洞察だった。

2×5+1は11、  11は素数

2×7+1は15、  15は素数ではない。

2×11+1は23、 23は素数

2×13+1は27、 27は素数ではない。

2×17+1は35、 35は素数ではない。

2×19+1は39、 39は素数ではない

2×23+1は47、 47は素数

つまり、2Z+1の答えが素数になる、ソフィーの素数だけに的を絞り、

Xn+Yn=Zn に答えが存在するかどうかを探す方法を彼女は切り開いたのである。なお、小文字のn は乗数。上の書くべき小文字。

オイラーはnが3についての証明に成功している。それから半世紀がたち、ソフィー・ジェルマンがその切りくず仕方、つまり攻略法をみつけたのである。フェルマーの最終定理素数は、根源的に深く結びついたのである。

ソフィーのこの発見により、当時の数学者はnの乗数を上へ上へとかけあがったがそこまでだった。やがて21世紀に入り、アンドリュー・ワイズが登場するまで、最終定理すべての証明はかなわなかったのである。

 

 

 

追記

なぜ我われの世界は10進法なのか?

前回の「7を法とする数論」の話で、10000あたりに出現する素数の間隔で72か73もの「素数の空白地帯」が存在するのに、7を法とする世界ではなぜか出現しない。そのはおかしいのではないかという問いが寄せられました。しかし、申し述べました通り、10進法にだけ出現した素数間隔を、7を法とする数論に逆戻りして、適用しようとするのは意味のないことで、さらに37を法とする数論でも同じことが言えることを付記しておきます。それぞれ異なった独自の間隔で素数は出現するのです。

要は、どの数論が正しいかは、それがわれわれの宇宙をうまく説明できるかどうかにかかっているのです。なぜ、今の我われの世界が10進法なのか考えればわかります。

わたしやあなたの手の指が10本あったからです。

違う世界では7本なのかも知れません。インド人のようにお尻を手でぬぐうには左手に3本指、カレーを米に浸して食べるには右手に4本指の方が便利なのかも知れない。鼻に止まったハエも追い払いたい。痒い。おそらくもっと指があった方が便利なので、インドでは12進法が使われ数学を発展しています。

それはそうと今、バラナシに行く予定で、インド入りしています。恐るべきインド。つかんだコーラがカレー味。思わず口から1メートルも噴出してしまった。こんなものつくるインドの奇人変人ぶりはすごいな。なにを聞いても首を横にふるここのひとたちは、イエスとノーの返事の区別できない。それで、ヘンにどんよりとした瓶を指し、「普通のコーラだよね」と念を押したのに、渡されたのがカレーコーラ。

「カレーから炭酸が噴出している”ルー”は飲み物ではないぞ」。われわれとは頭の配線が違っているのだ! ここまで極めないとアラン・コンヌ博士の非可換幾何学はわからないのだろうか? デリーでわたしは虚しく熱風に吹かれ、アンジェラは虚空をにらんでいる。

 

では、次回、ホーチミンからのホテルヒルベルトの話は、もっと後になりそうです。なにしろ、ここは熱風地獄

 

素数ノ謎 解明への大航海: 宇宙の暗号 (NGO japan cyber library)

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天才数学者ガウスと時間の商人たち: 時間の正体に迫る

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