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reuterjapannews’s diary

宇宙のなかに住む住人は、どうすればその形がわかるのだろう,という世紀の難問ポアンカレ予想から出発した壮大なドキュメンタリー。決して外から形を眺めることができないがそれに挑む天才数学者たちが繰り広げる死闘を執念で追います。また、記者自身にもそれに挑戦させるとんでもない企画。数学や理論物理学がこれほどまでに凄まじいものかと、、。その煌きと感動を身をもってお伝えします(><);ギリシャ問題、中国バブル崩壊、性奴隷マーケット問題などニュースの裏側を伝えます。短期勝負なのでいづれブログではなくなります。Web MO

人類の突然変異  進化の現実を見る Aria on the human extinction boundary line

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そこで気がついたのは天文学者たちであった

人類の突然変異と進化論

 

ギリシャの歴史家ヘロドトス(紀元前484-紀元前420)注2は、紀元前450年ごろの地中海沿岸全域を旅して周り、その地の文化や風俗を記述して残した。

そのなかで、彼がもっとも興味深く語っているのは、エジプトの神官に会ったことを次のように書き残している。

「ピラミッドの地下には水路があり、その水はナイル河へも通じている」と。彼がこれだけではなく、「3大ピラミッドと下側の河川神殿を結ぶ参道は、工学技術の点でも建築的な壮麗さの点でも、大ピラミッドに遜色がない」と言う。 ピラミッドを見て畏敬の念を感じたことはわかるが、それよりも、建築術の凄さに驚いたはずだ。円周率π、そして星の歳差運動も理解していた神官たちは、同時代一の学者集団でもあった。

ヘロドトスは人類史上初のもっとも史実に忠実な歴史家として知られ、実際に記述したものが、何度も実際に発見されたことから、彼の名前は歴史上に確立された。一方、プラトンも同様に史実をまとめたが、舞台作家としての仕事が本職だったせいで、一部に脚色があるとされ、歴史家としての重きはヘロドトスほど引用されていない。

エジプトはこの時代、ナイル河の度重なる氾濫に悩まされていた。ナイルに文明が発達したのは、河の近く畑を開墾し多くのひとの食べものを賄える食料計画が、発達したからだ。この計画が文明の発展の礎になる。それが天候の異変というよりも、天変地異といえるほどの荒れようで、歴代のエジプト王は、このナイルの灌漑計画に心を裂いていた。

王はそれが自らの職務であると考え、畑から収穫がなかったときは税を免除する措置を講じ、王は名君として称えられた。それは神官たちが王に捧げる碑文に残されている。王の名前はプトレマイオス5世。

「ナイルが度重なる氾濫するなかで、王は8年も永きにわたってエジプトを治められた」。

 

エジプト考古学も現在、パラダイムムシフトに晒されている。新しい学説は信頼に足るだけの最新技術を駆使した理論に裏付けられたものだが、エジプト考古学は自分たち以外を部外者として無視することがほとんどだ。

ギザのピラミッドの建設年については紀元前2500年というのが定説として確立されている。

 しかし、ピラミッドを含む、ギザ・ネクロポリスの設計思想はそれよりはるか古い時代を遡らないと辻褄があわないほど高度な文明をもっていたことが明らかになってきた。

それは歳差運動、πの発見、幾何学などの数学、製図、天文学、そして高度な建築学とそれを実行する組織力など詳細に記述すれば本3冊分になるほどのものだ。

この中で、年数を遡るメジャー(物差)になるのが「数学の発達」である。綺麗に積み上げられた数学の技術は証明が正しいと定理となり、その上に新しい定理が積み重なっていく。彼らがもっていた数学の力は、17世紀ヨーロッパに劣らないもので、しかも、フランス、ドイツなどで花開こうとした数学はなんと、ギリシャ時代のディアファントス、ピュタゴラスら、エジプト、バビロンの数学を基礎にしたものだった。この巨人たちの肩がなければ、もっと永い時間を要したのは明らかだ。しかも、そのギリシャ数学者たちは、バビロンやエジプトの数学を礎にしていたのだ。

このことから、紀元前2500年に出現したピラミッドは、そのはるか5000年前から積み上げないと決して積み上がらないほどのレベルのものだったことがわかった。

例をあげると、クフ王のピラミッドの土台の長さにも表れる。

東230.39m

西230.36m

南230.46m

北230.25m

北は驚異的に真北を示す。さらに、高さ146.73mと底辺921.46mは円周率πと半径の数値に合わせている。このクフ王のピラミッドは2πを示している。計算式は、

146.73×2×3.14=921.46m(底辺の長さ)

 

このこだわりようは職人レベルの考えではない。なぜ、17世紀の数学者や建築家ではかなわないかがわかるはずだ。

異常なほどの精緻さが彼らを歴史から浮かび上がれせているだ。

そして、もっとも驚嘆すべきは、この建設場所である。

北緯30度にぴったり基準値を合わせている。クフ王のピラミッドは北緯30度からわずか1・6キロの南に位置する。スコットランド天文台長の見解では「大気の屈折率を計算に入れた天文学上の緯度30度から、わずか0・5アークしか違わない」。

1アークは16分の1度。さらにその半分の誤差に収まっている。

 

この神官グループはいったいどこから来たのだろう?

 

 それは、シャンポリオンが解読したヒエログリフを突破口になった。ギザの小ピラミッドに残されたピラミッド・テキストに残された記述がすべて浮かび上がってきた。

 

では神官グループは何人で、どのようにしてエジプトにやって来て、なぜ、永遠の生命をもつピラミッドを建設しようとしたのだろうか?

 

ピラミッドテキストによると、「神官たちの祖先は別の土地に住んでいて、その島が完全に没してしまった」という。では、いつごろこの種族はエジプトに来たのだろうか?

アラブの年代記作者によると、大洪水があったのは「聖書にある洪水と同じもので1万300年頃のこと」としていた。

地中海のどこかに大きな島があったのかも知れない。1901年、アテネの沖合いで、機械仕掛けの歯車を使った精巧な木箱のようなものが見つかった。それは19進法を使って計算する宇宙カレンダーで、紀元前のものである。19進法の数学の出所はバビロニアである。しかし、この技術はギリシャでは無理である。歳差運動を理解し、太陽の動きを理解し夏至冬至などを割り出せるこの機械式の箱は、エジプトの神官たちの精緻につながる。

 

これは人類最初の文明が浮かび上がったストーリーだ。神官たちのグループはその男子家系の代々、後を継がせ英知を維持してきた。ヒエログリフから天文学、数学者、鉄の精錬、鉄の手術道具、鉄板の金メッキまで施していた。組織を動かす力があり、それはピュタゴラスギリシャで作ろうとして途上で壊れた教団注3のような存在で、今のフリーメイソンがもつ結社のような知能集団である。

この文化を復元し、やっと、その水準に復帰できたのは17世紀以降ではないだろうか?

 

 

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