reuterjapannews’s diary

宇宙のなかに住む住人は、どうすればその形がわかるのだろう,という世紀の難問ポアンカレ予想から出発した壮大なドキュメンタリー。決して外から形を眺めることができないがそれに挑む天才数学者たちが繰り広げる死闘を執念で追います。また、記者自身にもそれに挑戦させるとんでもない企画。数学や理論物理学がこれほどまでに凄まじいものかと、、。その煌きと感動を身をもってお伝えします(><);ギリシャ問題、中国バブル崩壊、性奴隷マーケット問題などニュースの裏側を伝えます。短期勝負なのでいづれブログではなくなります。Web MO

銀河が高速の4倍で後退する謎 ポアンカレ予想 「Wの証明」出版 

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【北京発 6月4日 新華社中国の代表的な数学者楊楽がこの日曜日に発表したところによると、世界で最も難しい数学問題のひとつの解明に成功した。すばらしい成果である。2人の数学者、中山大学のチュウ・シー・ピン教授とペンシルバニア州リーハイ大学のツァオ・ファイ・トン教授が、一世紀以上数学者を悩ませていたパズルの最後の解答を達成した。ロシアの数学者ペレリマンはポアンカレ予想を証明するためのガイドラインを発表したものの、この難問を証明する明確な方法を記述していなかった」

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これを追うように人民日報が、中国のテレビが「中国の若手数学者が世紀の難問ポアンカレ予想を完全証明した」と相次いで報じ、華々しく躍進する中国ニュースを流し続けた。

 

当然、この報道は英語でも報じられた。インドで「数学の最難関解決 中国人数学者がすばらしい成果」。世界中の中国大使館もこの報道を流した。

 

 この中国の騒動は数学界を驚かせた。ペレリマンの証明を検証している最中に、証明したという謎の発表。そして、それが世界で初めて。ではペレリマンの検証中の論文はどうしたというのだろう。まさか、それを踏み台に証明を成し遂げたというのだろうか?

 

検証中のチームは、誰も別の証明などあると思っていない。では証明の栄誉を最後になって横取りしようという魂胆なのだろうか?

 

誰が査読したのだろう。この論文を追うと、2005年12月12日に提出され、2006年4月16日に受理されている。エイジアン・ジャーナルはヤウ・シン・トォンが編集長に名を連ねていた。そして、編集委員のメンバー26名は誰も査読を依頼されてはいなかった。

6月4日、新華社電が世界をかけめぐる。

そして、6月19日、北京で国際物理学会議(ストリング2006)が華々しく開幕した。スティーブン・ホーキング博士が基調講演を行い、「ホーキング、中国を席巻!」と大会のムードを盛り上げた。

この大会でヤウ博士が挨拶に立ち「ふたりの数学者のめざましい成功を披露した」。そのあとは。リチャード・ハミルトン博士による挨拶が続くはずだった。しかし、開幕間もなく彼は帰ってしまいいない。その代わり彼はビデオを残していた。

「2人の成功を心からお祝いします」という内容で、彼も友人のヤウ博士の晴れ舞台にお祝いを言わざるを得ない。このビデオは短かかったせいで、2度も流された。そして、ペレリマン博士の番だ。会場にいない。外にいるのだろうか。実をいうと、彼はサンクトぺテルブルグから一歩も動いていなかった。というより、招待したのかもわからない。パンフレットに書いてあるのだから、でも、彼が乗り込んでいたら、、、。ひと波乱ではすまなかっただろう。

 

ニューヨークタイムスもヘラルドテレビューンも、現地からの報告を発し、「中国は国内総生産の2・5%を科学研究に充て、世界の科学技術大国をめざす」という論調で締め括った。

 

結局、人騒がせなアドバルーンポアンカレ予想の証明が利用されたのだが、まだ、おまけがある。

ツァオとチュウの論文に、見慣れた論文記事がまぎれていたことを指摘した研究者がいた。指摘どおり、中国人コンビの論文の一部にクライナーとロットのペレリマン証明の査読論文がまるでコピーされたように入っているではないか!

 

「これが世界で初めて与える完全な証明である」とはよくぞ言ったものだ。ひとのものを査読中の解釈を盗用する大偉業である。恐るべし中国の先端技術。

 

これだけでは当然、すむはずがない。ニューヨーカーはぺレリマンのインタビューをとるために派遣したビューティフルマインドの作家のインタビュー記事よりも、もっとインパクトのある記事が2006年6月号に踊った。

それは記事ではなく、大きなイラストだった。風刺画といった方があたっている。ペレリマンの首にかけられたフィールズ賞のメダルをヤウ博士が握ってもぎ取ろうとする画だ。

 

これがペレリマンの目に触れぬはずがない。果たしてビューティフルマインドの作家シルビア・ナサーとデビッド・グルーバーはこの記事をペレリマンに贈ることができたのだろうか?

この記事はなぜかまだ、インターネットで見れる。それはナサーの例のサンクトペテルブルグを蘇らせる美しいインタビュー記事と、セットで今回のヤウ博士が関与した一連の論文成果横どりを調べた調査記事だった。

腹の虫がおさまらないヤウ博士はウェッブサイトにニューヨーカーではなくニューヨークタイムスの方を相手どり、訴訟を起こすと息巻いた。

 

長く続いた劇中劇も、いよいよ8月の世界数学者会議ICMでクライマックスを迎えた。1904年にポアンカレが世界に向けて発表したポアンカレ予想に相応しい舞台が整った。もちろん、ツァオとチュウの論文は圏外である。

中国数学協会の6月の発表によると、ポアンカレ予想の証明の貢献度を比例で示し、ハミルトンの評価を50%、ツァオとチュウが30%、ペレリマンは20%としている。

どこからこんな数字がでてきたのか不明だが、きっと中国4000年の算術からアバカスまでを総動因したのだろう-。

なんでこんな問題になるのか不思議だが、数学の難問では「証明した」と発表しても、その後、2年間は検証に耐えなければならない。そして、多くの場合は証明に穴がある場合が多い。

友人が見つけてくれる場合があるし、運よく自分で気づく場合もある。