reuterjapannews’s diary

宇宙のなかに住む住人は、どうすればその形がわかるのだろう,という世紀の難問ポアンカレ予想から出発した壮大なドキュメンタリー。決して外から形を眺めることができないがそれに挑む天才数学者たちが繰り広げる死闘を執念で追います。また、記者自身にもそれに挑戦させるとんでもない企画。数学や理論物理学がこれほどまでに凄まじいものかと、、。その煌きと感動を身をもってお伝えします(><);ギリシャ問題、中国バブル崩壊、性奴隷マーケット問題などニュースの裏側を伝えます。短期勝負なのでいづれブログではなくなります。Web MO

バビロンの花嫁市場  ここでマイナスの数値が世界ではじめて登場!

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エラトステネス【Eratosthenēs】

前276ころ‐前196ころ
古代ギリシアの地理学者,数学者。キュレネに生まれ,アテナイ高等教育を受けた。前235年ごろプトレマイオス3世に招かれ,アレクサンドリアのムセイオンMouseionの館長に就任したことで有名である。博学で知られ,ベータ(アルファの次の意)という称号をもっていた。しかし何より数学的地理学の創始者として知られる。天文観測に基づき,地球全体の大きさを推定したり,都市間の距離の確定を試みている。また地球表面を熱帯,温帯,寒帯のように地域分けしたとも伝えられる。
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そして、ギリシャの文明がなぜ、世界の最高水準になれたのかを調べていたのだ。現在のギリシャ人にはなにも希望しない方がいい。数学者が世を憂う文学を書いて生きているお国柄だ。
 なぜ、失われた3000年の犯人がイタリアなのか、われわれが気づいたのは、もっとあとのことだった。


科学者のひとりであるアルキメデスの親しい友人であり、アルキメデスの著書『方法』 (The Method of Mechanical Theorems) はエラトステネスに宛てて書かれている。 エラトステネス自身も数学および科学において重要な功績をあげている。

紀元前255年ごろには初の天球儀を作成した。 クレオメデスの『天体の回転運動について』によれば、紀元前240年ごろに、シエネ(現在のアスワン)のそばのエレファンティン島 (Elephantine) とアレクサンドリアとでの夏至の正午の太陽高度の知識を元に地球の全周を計算している。 この地球の大きさの測定に関してエラトステネス自身の著述は残されていないが、クレオメデスを始め、ストラボン、クラウディオス・プトレマイオスなど多くの後世の学者によって言及されている。

紀元前236年、プトレマイオス3世によってロドスのアポローニオスの後任としてアレクサンドリア図書館の館長に任命され、少なくとも紀元前204年までその地位にあった。 紀元前195年には目が不自由となり、翌年82歳で没した。彼が生まれたキュレネは現在のアフリカのリビア。地中海を挟んでアテネに対峙する。
図書館長といっても現在の東京大学学長より偉く、文部大臣と盗掘者と政治家、科学者に駱駝をミックスした時代の第一人者だった。その図書館の雰囲気とはまったく異なる、世界最先端の都市に出現したアカデミアに学問を志す若者から政治の実力者までが対等に話し合い、渡り合うひらけたユニバーシティだ。


彼には生涯5度以上にわたる決死の遠出、遠征を行っている。この物語は、花嫁市場の少女たちと同じ年17才のイギリス人女性の目を通して語られてる。
 

http://www.barton-peveril.ac.uk/news/2014/12/02/winning-poem-inspired-painting/
 
エラストテネスはアテネの大学が休みの期間中、キュロスのちかくアポロニア生まれの親友と、少し大回りになるが、バビロンに脚を運ぶことにした。この地の話は子供のころから船乗りたちから聞いていたアセスは、その土地がいかに不思議で素晴らしく異国情緒にみちていた街を何度も聞かされて育った。
それがバビロンの花嫁市場である。すでに曜日を採用していた同市は、決まった日にだけオープンする支配者階級のための妾をみつける高級奴隷市だった。ふたりはこの市場に乗り込み、いいでものがあれば買って帰るつもりだった。
聴く話によると、いい出物は王族、貴族の子女も戦いに敗れて連れてこられ高い値で取引されていた。つまりペルシャ人やヘブライ人たち白人も奴隷に狩り出されていた。
その美しさからこの結婚市場をモチーフにした絵は通販用ながら完成度の高い品として、この機会にぜひ、お勧めします、7800円? ?
 いやちがった。300万円から、200万円、50万円、マイナス5千円、マイナス1万円 マイナス3万円、、、。
 エラストテネスは奴隷たちの値札を見て驚いた。そして、恥ずかしかったが、となりの豪奢な身なりのペルシャ人におずおずと聞いてみた。ペルシャ人はこのころから商才を発揮して、これら品々を地中海航路で世界に運んで高値で売れる港を知っていた。
「マイナスは持参金つきだ。つまり、買うのはただというわけ。でも、面倒をみないといけない。おまえにその甲斐性はあるのかな?」
アラブの商人はエラストテネスを目踏みする目で、見ていた。彼は表にはでていなかったが、このマリッジマーケットの元締めのひとりだった。

エラストテネスは心臓が高鳴るほどの美しいおんなに目をやった。